【01.月】

「何かさ、恋人いるみたいだった」
「……」
「笑顔で……拒絶された。あんなの初めて」

夜の公園。
ポツリと建つ外灯の傍、ブランコに座って二人、月を見上げていた。
空に浮かぶ天体。黄色く光るそれは、手を伸ばしてもなお届かない。

「……望みのない恋なんて、したくなかったな……」

全てを諦めたように呟いた君は、どこまでも遠い月を見ていた。
その男に、あれを重ねているのかもしれない。

「お前、泣かないのな……」
「……そう、だね」

涙ひとつくらい浮かびそうなシチュエーションなのに、君は泣かない。
頑なに、涙も、淋しそうな顔すらせずに笑う。

君が、月が欲しいと泣き叫ぶ子供のようになれたらよかったのに。
そうしたら、少しはこの世界も、君にとって生きやすくなるのだろう。
けれど、君は笑う。
生きにくいこの世の中で、ただ一人を思って、笑うのだ。

静寂がおちる。
お互いに相手を見ずに、空に残像を重ねた。
君は彼を。俺は君をひとり想って、あの弦月を眺めた。

「泣けば誰かが助けてくれるなんて、夢だって知ってるから……」

そう言う横顔は凛と佇むすずらんに似て。
壊れた硝子みたいに儚いのに、美しいと思った。

思わず手を伸ばす。
確かに触れた感触に、俺の方が泣きたくなる。
視線を俺に移して、君は首を傾げた。
それに勇気付けられ、俺はすがり付く。

「……泣きなよ」
「泣かない。私は泣けないの」
「……助けてくれる人が現れても?」
「……えぇ、もちろんよ」

その微笑みが痛い。
どれだけの痛みを抱えているのだろう。
どれだけの辛さに晒されているのだろう。
俺の貧弱な想像力じゃ、分かることすら出来ない。

力無い自分が不甲斐ない。
俺なんかじゃ助けにならないのかもしれないけど、俺は君の役に立ちたかった。

「俺じゃダメかな?」
「……」

好きになってくれなくていいから。
1番じゃなくてもいいから、俺に頼って欲しい。

一人で泣けないくらいなら、どうか俺と一緒に泣いてほしいのだ。
それで君が過ごしやすくなるなら、俺は喜んで何だってするだろう。
例え、君は他の誰かを想っていたとしても。

肩に置いた手に、力を込める。
それを一瞥した君と、また視線を交わす。

「一人で泣くくらいなら、頼ってくれればいい」
「……ダメ」

頼れと言う俺に、君は表情を消す。
目を伏せた笑みのないその顔は、作り笑いをされるより君らしい。
明らかに無理をしている君を、これ以上見ていられなかった。
そう思った俺の気持ちを無視して、まだ頼らないと言い張る君に声を荒げる。

「どうしてっ!?」
「だって、隼は私のじゃないもの」

ぼそりと呟き、君は射抜くように俺を見る。
その視線に気圧されて黙る。
同時に拒絶された手は、行き場をなくしてだらりと垂れた。

睨むように一度も外れない強い眼光。
満月のそれに似ていると思った。

「一度手に入れたら、放したくないから……」
「……」
「隼じゃ駄目だわ」

鋭い瞳を和らげ君は苦笑する。
その顔は、今にも壊れそうに見えた。

脆い心を持った、俺の大好きな人。
空を照らす月以上に、手が届かない。

君は飽きもせずに、また空を見上げる。
それに、思わず伸ばしかけた手を、俺は固く握り締めた。

(08.09.19)






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