【12.笑顔】
「心に決めたただ一人がいるの」
そう言って、貴女は笑う。
表情は笑んでいるのに、目だけは笑っていないその笑顔で。
助けを求めず、全てを拒み続けたまま。
「これからも、いくらだって恋をする。恋人がいてもそれは変わらない」
するりと伸ばされ、僕の頬に触れる白魚の手。
幾多の男に愛され、数多の男を篭絡する笑顔。
触れられた所から染み込む体温は、温かいはずなのに何故か冷たく感じた。
「でも、愛してるのはあの人だけ」
貴女が心からの笑顔を見せるのは彼のみ。
僕が、いくら努力しても届かない空の上。
貴女の中で美化され、貴女を淋しがらせている元凶の人。
「……でも、あの方のせいで貴女はっ!」
「黙って」
傷一つない指が続きを阻む。
微笑みを浮かべる顔の中、目が淋しいと訴える。
でも貴女は、意地っ張りで一途だから、淋しいなんて言わない。
たとえ、その身が淋しさで張り裂けそうになっていたとしてもだ。
「私が好きなのはね……」
「……」
「どこまでも優しくて、どんなときも優しくなかったあの人だけなの」
全てを悟った柔らかい笑みの裏で、心が大声で悲鳴を上げている。
そんな自分を理解していながら、気丈に振舞う貴女に。
何故か涙が出た。
(08.07.24)