【16.友達】
「悪いね、付き合ってもらっちゃって」
「……いいですよ。由佳のためですから」
作り物の笑顔。社交辞令。
この男の前ではいつも標準装備されているそれが一瞬崩れそうになる。
呪文のように『笑顔、笑顔』と心の中で呟く。
そうしていないと、いまに作り物の笑顔を壊して、思い切りにらみつけてしまいそうだ。
例えば、この男が友達の彼氏だからといって、あたしが好きにならなきゃいけない理由があるのだろうか。
どうしても人間的に好きになれない男が、友達の彼氏だったら。
あたしはその男とも仲良くしなくちゃいけないのか。
「早紀ちゃん」
「……あ、はい。何でしょう?」
名前を呼ばれるたびに、虫唾が走って。
顔を見るたびに予感がする。
あたしは、こいつを一生好きになんてなれない。
「ねぇ、早紀ちゃん」
「はい?」
「君……俺のこと嫌いでしょう?」
その言葉に、不快指数が上がる。
思わず睨みつけるあたしを、この男は余裕の笑みで見返す。
それに確信する。
やっぱりこいつを、この男をあたしは好きになんてなれないのだ。
こんな、由佳を不幸にしそうな男、あたしは大っ嫌いだ。
「……そうよ、あんたなんて大っ嫌い」
「そうか、クククッ」
使っていた敬語をやめ、敵意を隠さずに言い放つ。
そんなあたしを見て、喉を思い切り震わせて、可笑しそうに笑う。
その声も笑顔も、何もかも全てが、あたしを不快にした。
「嫉妬……だよね、早紀ちゃん?」
「っ―――!?」
「俺が由佳をとっちゃったから、悔しくて仕方がないんでしょ」
図星をつかれて、言葉を失う。
もしかしたら、悟られているかもしれないとは思ってた。
けど、これ程までに解られてるとは予想もしてなかった。
「あははっ、図星って顔だね。……本当に君は面白い」
「……あたしは面白くない」
「ふーん、まぁ、俺には関係ないけどね」
発言がいちいち気に障る男だ。
あたしをわざと不機嫌にしているとしか思えない。
「まぁ、どれだけ君が足掻いても、由佳は俺のものだよ」
「……知ってるわ。あんたに言われるまでもない」
「……それならいいけど」
だから、悔しくて、やるせなくてしょうがないんじゃないか。
この男の隣にいて、由佳が幸せそうに笑っている。
それだけで、二人の仲を邪魔しようとする気が失せる。
でも、気に食わないものは気に食わない。
「さっさと別れればいい」
「……それはないね」
馬の合わないこの男と、あたし。
似てないようで似ている二人。
共通点は唯一つ。
由佳を死ぬほど愛してること。
でも――
「あんたよりも、あたしは、由佳のこと、愛してるわ」
吐き捨てるように言い逃げして、あたしは前を歩く男を抜かした。
(08.08.05)