【13.とける】

「探したんだぞ……」

息を切らすその人を見上げる。
妙に背の高いシルエットは、私の知人のもの。
無意識に入っていた肩の力を抜き、ため息をついた。

私はあなたから逃げてきたのに、よりにもよって何故当人に見つかるのか。
自分の運の悪さが嫌になる。

どうせなら他の誰かに見つかったほうがまだマシだった。
連れ戻されるのは同じだが、他人のほうが逃亡の余地がある。
でもあなたは、私がまた逃げることを許さないだろう。
自分がその原因と、知っていたとしてもだ。

座り込む地面は私の身体と同化して、ひどく冷たい。
こんな真冬の時期に外に何時間もいるのだから当たり前だ。
かじかんでしまって、指すら上手く動かない。

「みんな心配してる……」
「……。そう」

そっけなく呟いて、私は俯いた。

顔も見たくないし、声だって聞きたくない。
見たら許したくなる。聞いたら笑ってしまう。
好きだから怒れない。
その理由は、どうしようもなく私を縛るのだ。

恋愛には勝敗が存在する。惚れたら負けだ。
よくある噂が、嘘かどうかは分からないが、少なくとも私はこの人に勝てない。

黙り込んだ私と同じ位置に、あなたは腰をかがめた。
覗き込む瞳に私は警戒する。

「大丈夫か?」
「……」
「みづ?」

触れたところからとろける。
私が溶け出して、分解されて、なくなってしまいそう。

それなのに、この行為は眉をしかめるほど切ない。
体温が伝わるところから、鈍痛が全身に回っていくようで。
息が出来ない。

「平気。大丈夫」
「……心配かけるな、馬鹿」

言葉は優しい。頭を撫でる手も、心配そうな顔も優しい。
でも、残酷だ。

私が好きなことを知っていて、優しくするなんてひどい。
あなたは私を愛してなんかいないのに、期待する。
期待させて、結局裏切るなんて、ひどい。

泣きたくなる。でも、泣けない。
こんなに好きにさせられた上に、泣かされただなんてプライドが許さない。

「迎えに来てくれてありがとう」
「……それが俺の仕事だから」
「……そう」

凍り付いて動かない体を無理やり持ち上げる。
自分の足で立った私に、あなたはコートを出した。

「はい」
「……ありがと」

冬用の分厚いコートに袖を通す。
襟を正す私に差し出される缶コーヒー。
私は目を瞬いた。

「……何?」
「さっき買ってきた。飲むだろ?」

無言で受け取って、プルトップを空ける。
一口含むと温かさが胃から全体に広がった。
何故だろう。コーヒーの味がどこかしょっぱい。

「みづ……?」
「……くっ、……う」

泣かないなんて、無理だ。 プライドすら恋に落ちた時点で粉々で、もうないにも等しいのに。

悔しい。あなたが優しすぎて、悔しい。
私のことを十二分に理解しているのに、私のものにならないだなんて。
長年染み付いた上下関係はどう頑張っても覆せない。
余裕のあるその澄ました顔を、ぐちゃぐちゃにしてやりたかった。

涙を拭って、強く睨みつける。
つかつかと近づいて、膝裏を蹴り上げた。
体重をかけて、思い切り押し倒す。
呆然とするあなたの胸元、黒いコートを掴んだ。

「私のものになってよ……」
「……みづ」
「無理なら……もう迎えに来ないで」

期待して苦しいのだ。好かれていること、一番なことを。
けれど、それは毎回裏切られる。どうしようもなく辛かった。
だから私は逃げたのだ。

あなたの頬に私の涙が落ちる。
それは弾かれ、冷えた地面に消えた。
こんな所でまで拒絶されていることに嘲笑がでる。

なんてお笑い種。私は一人相撲をしていたのかもしれない。

「バイバイ」
「みづ……」

立ち上がって、地面に横たわるあなたに背を向ける。
後ろはもう振り返らない。

寒さに冴え渡る脳で、新たな逃亡ルートを考える。
ものの30秒も経たずに決まった潜伏先に急ぐ。

ふと気づくと、手に持った缶コーヒー。
中身の残ったそれを飲み干して捨てる。
ぬるくなったコーヒーの味は、さっきより苦かった。

(08.09.14)






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