【24.音】
チュ
音を立てて離れた唇。
ペロリと艶かしく動く舌が濡れたそれを辿る。
「ねぇ、あたしたちってどういう関係?」
「……さあ?」
微笑んで、さも自分は分かりませんと言わんばかりの貴方に、怒りが募る。
関係を明らかにせずに、こんなただれた行為をして許されると思っているのか。
それとも、適当に相手をしていればいいと軽んじられているのか。
どちらにしてもイラつく。
白いシャツの胸元を捻りあげる。
顔色ひとつ変えない貴方に、あたしは眉をしかめた。
「またそうやって誤魔化して!」
「誤魔化してなんか――」
「嘘よ! そうやって白を切っていれるのも今のう――っ!?」
一瞬で詰められた距離。
間近で見る貴方の顔は、ひどく整っていて、あたしの羞恥を煽る。
言葉は呑まれ、囚われ、音を成さない。
抵抗も叶わない強い力に、あたしは目を閉じた。
唇の上を優しく滑って、絡めとられる。
撫でられるたびに、息が止まりそうになるあたしを、貴方は笑う。
残酷なほど大人なぶったその瞳で、あたしのことを哂うのだ。
「ずるい……」
「……」
そう囁くあたしを、冷め切った目で貴方は見た。
愛情の欠片も感じないそれに確信せざるを得ない。
あたしが軽んじられていることを。
そして、貴方にとって都合のいい女の一人でしかないことに気づく。
失望と共にどこか安堵した自分に驚いた。
この事実のどの点に安心するようなところがあるのか。
自分の心が解らない。
だがきっと、自分はただ離れたくないだけだ。
都合がいいから一緒にいるのだとしても、あたしはそれでいい。
あたしはここに居たいから、哀れな自分の状況を見ない振りをする。
そうすることでずっと続くと、信じていたかった。
「大人は……貴方はずるいわ」
「……そう言う君は、なんかいいね」
淋しそうに呟く貴方の仕草は計算し尽くされていて、それを知っているあたしの同情すらも誘う。
腹立たしいほど大人びた笑みが、とても癪に障った。
「大人になりきれてなくて……僕には、眩しいよ」
あたしを子供と決め付け、それ以外の扱いをしない貴方に苛立ちは増える。
そんな貴方との関係は、二人の意思の及ばないところで、ほどなく終わるだろう。
ただれた日々も終幕だ。あたしも解放される。
でも、それを切なく思う。
喜びと共に手離される淋しさに胸が重たくなる。
嫌いじゃないけど、好きでもなかったはずなのに。
こんなにも、重ねた日々が愛おしい。
貴方のために、心震わせるなんてありえないことだったのだ。
だってこれは覚めてしまう夢で、現実とはかけ離れているのだから。
「あたしは、子供じゃないわ」
「……」
それでも大人なんかにはなれない。
なりたいとも思っていないのだから当たり前だ。
貴方みたいな姑息な大人になんてなりたくもない。
けれど――
「だから、今だけ……」
寄り添っていたい。
たとえ明日に全て終わったとしても、傍にいられる限界まではここにいたい。
大人の貴方の隣にはいられそうにないから。今はこの朧げな空間のまま。
夢が覚めるのを待っている。
(08.09.13)