【28.名前】
「まー君」
「……ん、何?」
その名前が呼ばれた時点で、後ろにいるのは君だって気づいた。
でも、そんなにすぐに振り向いたら、まるで嬉しがってるみたいで嫌だ。
だから、俺はたっぷりと間を置いて振り向く。
そこには予想通り、笑顔の君がいた。
「それがさー、教科書忘れちゃったみたいで。貸して」
「……お前なー」
「えへへ。お願いっ、見逃して!!」
手のひらを合わせて、拝むように上目遣いで見てくる君。
その仕草に俺が弱いって知っていて、敢えてそれを使ってくるんだから、君はタチが悪い。
でも、簡単に了承するのは癪だったから、俺はもう少し焦らすことにした。
「やだよ」
「えー、お願い。ホントにやばいんだってぇー」
「どうしようかなー?」
「ねっ、お願い。まー君」
君がつけたあだ名。
何度も君が呼ぶうちに、その名前はとても愛おしいものになった。
今回はそれに免じて、折れてやることにする。
「……しょうがないな」
「ふふっ、ありがとう、まー君」
「……もう忘れるなよ」
「うん」
そう頷いて、駆けてゆく君。
その後ろ姿は、今にも踊りだしそうなほどに、楽しそうで。
俺はそれを見て、一人笑った。
(08.08.08)