【03.ダイアモンド】

「それで、どうするつもりなの?」

適温で調節された室内。
ガヤガヤと他の客の話し声が混ざって、耳に心地よい。
夜のファミレスは繁盛しているのか店員が忙しなく動いていた。

「どうするって何の話だ?」
「……あなたが言い出したんでしょ?」
「あぁ、あの話か」

さも今思い出したかのように振舞う自分の夫を見てイラつく。
自分から持ち出した話を忘れるなんて、どれだけ呆けているのか。
そもそもそんな頭の悪い人でもないくせに。

「……私は嫌よ。こんな年になってみっともない」
「みっともなくなんてないさ。皆やってる」

手に持ったスプーンでハンバーグを崩す。
ご飯の上に、レタスとハンバーグを乗せた、その「ロコモコ」は、我が家では作らないメニューだ。
一口食べると、適度に焦げた肉のうまみと、野菜のシャキシャキ感が口の中に広がる。
これ、案外美味しいかもしれない。

「でも、だってお金掛かるでしょう?」
「うーん、問題はそれなんだよな」

考え事をするときのあなたのクセ。
左手の薬指。
小さなダイアモンドがはまった指輪に唇を当てて考え込む。

そんな何でもない仕草が私を安心させてるなんて、あなたは思っても見ないのだろう。
ほんわかと、あの若かりし頃と同じ気持ちになる。
彼はひどく簡単に、私を嬉しくさせる。

「まぁ、どうにかなる。少なくとも、あの時よりは金も持ってる」
「……もう、あなたって人はいつも楽観的なんだから!」
「いいんだよ。僕の分だけ君が心配性なんだから」

そうクスクスと笑うあなたの前には、結婚式の案内状。
親しい人だけで行うその内輪の会は、あと数日後に迫っている。

ふと目を下げたところに、ハリを失ったあなたの手。
あと何年も経ったら、シワシワでくちゃくちゃになってしまうのだろう。
そんな手に光るダイアモンドは、何年か前の結婚記念日にあなたが買ったもの。
お揃いで、同じくハリを失った私の手にもはまっている。

「ウエディングドレスなんて……」
「大丈夫。君は綺麗だ」
「……嘘ばっかり」

あの頃より何キロも増えた体重に、瑞々しさを失ってしまった肌。
シミの目立つ顔には、シワもくっきりと出来ている。
綺麗だなんて言葉、今の私には似合わない。

「……若かった頃に、式挙げたかった?」
「……仕方なかったの。そう思いましょう」

着飾ったあなたと二人で写真を撮る。
ここ何年かで表情の柔らかくなった二人の写真は、誰が見ても幸せであふれているだろう。
余裕のなかったあの頃とは違う。
重ねた年月が私の夫をダンディで素敵なおじ様にしてくれた。
ロマンスグレー。いい言葉じゃないか。

「ちゃんとエスコートしてくれるんでしょ?」
「……うん、もちろんだよ」

あの頃の父と同じ年齢になってしまったあなたと再び愛を誓う。
それが、何故かとっても素敵なことのように思えて。
私は左手にはめた指輪に、夫と同じくキスをした。

(08.07.19)






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