【34.白昼夢】
「今日も人が多いですね」
「しょうがないです。休日ですから」
「……そうですね、急ぎましょうか」
先を歩くあなたの後ろを、置いていかれないように必死に歩く。
人だらけのこの街は、油断したらすぐにはぐれてしまう。
それだけは避けたかった。
必要以上に迷惑をかけたくなかったのだ。
「あっちです」
「あ、はい」
進行方向を示す手。
まっすぐに伸びて、もう一度下げられたそれを見て、思う。
手をつなぎたい。
前を歩くあなたの揺れる手を掴んで、あなたが傍にいるって確信したかった。
でも、もしかしたら拒絶されるかもしれない。
迷惑だって振り払われるかもしれない。
それがわたしは、とてつもなく怖い。
拒否されてしまったら、わたしの身体は細胞単位でボロボロに壊れてしまう。
この無防備な心には、いくつもの再起不能な傷が出来るだろう。
そんなことになったら、わたしは生きていけない。
なのに――
「どうかしましたか?」
「え……」
さらりとさらわれる手。
温かくてゴツゴツしているのに触り心地がいいと、どこか他人事のように思った。
「人ごみですから、迷うでしょう? 少しの間、我慢です」
「……」
あぁ、泣きたい。
心がパンクしそうなほどにいっぱいで、もう何がなんだかわからない。
夢でもいい。ただ泣きたかった。
目を伏せたわたしを気遣うように覗かれる顔。
「大丈夫ですか?」
「……えぇ、平気です」
自然と笑顔になるわたしに、あなたも微笑む。
その表情と、手の感触だけを覚えていようと、深く思った。
(08.08.08)