【36.アイス】

「今年も彼氏できなかったなー」

あたしの独り言が、広い平屋に響く。
突き抜ける田舎特有の緑香る風。蚊取り線香の匂い。
セミが鳴く声が少ない。それに夏の終わりを思った。

棒アイス片手に縁側に座るあたしの背後、ばぁーちゃんはせっせと繕い物をする。
妙に背筋の伸びた老人らしからぬ自分の祖母に、さっきの独り言は届かなかったようだ。
振り返ってそれを確認し、あたしはまた話しかける。

「ねぇ、ばぁーちゃん」
「……何かしら?」
「どうしたら、彼氏できるのかなー」

今度はちゃんと返答があった。
聞いていないわけじゃなくて、無視していたのか。
祖母のクセに孫の愚痴すら聞いてくれないなんてひどい。

「そんなの自分で考えなさい」
「意地悪ー、性悪ー、分かんなーい」
「……亜子」

冷たく突き放され、あたしは拗ねる。
それに作業の手を止め、ばぁーちゃんは呆れた表情をした。
毎日きちんとお化粧をしている綺麗な顔が歪む。
今現在スッピンのあたしとは大違いだ。

「待ってるだけじゃ男は来ないよ。自分の足で見つけに行きなさい」
「面倒くさーい」
「……ったく、誰に似たんだか」

このばぁーちゃんは、若い頃は相当美人だったらしい。
何たって老いてしまった今も綺麗なのだ。
引く手数多だったのだろう。容易に想像できる。

そんなばぁーちゃんが男を待ってるなんて想像つかない。
どちらかと言うと、男たちがばぁーちゃんの話し相手の順番を待ってるほうがしっくりくる。
少なくとも、あたしには群がる男はいない。
たくさんの男なんて面倒だから、むしろそれでいい。

美人で優しくて、頼りがいがあって格好いい祖母。
面倒くさがりでぐーたらで、平凡なあたしとは似ても似つかない。
それでもあたしは、この祖母が大好きだ。

「ばぁーちゃんじゃない?」
「あらあら、この子は……」

似ていたらいいと思う。いつかこの人のようになれたらと。
幼かった頃から、あたしの憧れの人。
あたしが彼氏を作る気にならないのは、男なんかより数倍格好いい、この祖母のせいかもしれない。

「来年もいらっしゃいな」
「……彼氏ができなかったらね」
「ふふ、なら来るわね」
「もー、失礼だなぁ!」

祖母の言うとおり、また来年もここに来ることになるだろう。
来年の夏までに祖母よりも格好いい男を捜すなんて無理だ。
でも、それでもいいかなんて思ってしまう。

そうして、今年の夏も終わっていくのだろう。
少なくなったセミの鳴き声と共に。

(08.08.30)






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