【38.流星】
「馬鹿な男……」
ポツリと零れた声は、暗い部屋よりなお昏い。
それを自覚し、自分が落ち込んでいることを知った。
思った以上にダメージは大きかったらしい。
部屋の中央、横たえられたそれを見て、私はため息をつく。
近づきたくない。でも、近づきたい。
手を伸ばせばすぐに届く木製の箱。
その中には、男の姿があった。
「私を守って死ぬなんて……」
触れた頬は冷たい死人のもの。
頭では分かっていても、理解できていなかったことが重く圧し掛かる。
守ると言った言葉通りに私を守って、そして逝ってしまった人。
「ほんと、おバカ……」
もう声が聞けない。もう目は開かない。
涼やかに私を好きだと豪語するあんたには会えない。
どれだけ後悔しても、どれだけ願ったとしても、笑顔を見ることはできないのだ。
閉じた瞳。組まれた両手。
真っ青な唇に触れる。
「でも、そんなあんたが好きだった」
あんたがやったこと、到底許せることじゃない。
私を置き去りにして逝ったこと、悔しすぎて言葉にならない。
でも、きっと私を助けて死んだことを、あんたは後悔してなんていないのだろう。
私を助けられて幸せだったと笑うのだ。
それなら私は、助けられたことを後悔すべきじゃない。
許せなくても受け入れて、前に進むべきなのだ。
「……言えなかった。ごめん、伝えておけばよかった」
大好きだったあんたの大好きな身体。
あと数時間もすれば、葬儀場に移る。
死に化粧された額にキスを落とす。
「おやすみなさい、一。……いい夢を」
せめて夢の中では、私との穏やかな日々を。
窓から見える空。流星群に、そう願った。
(08.09.20)