【39.扉】

「緊張してる?」
「……さぁ?」

時間までに心を落ち着けようと座っていた私の背後。
大きなドアからかけられた声に、私はそっけなく返した。
その言葉に、可笑しそうに苦笑する彼に振り返る。

「ったく、君はこんなときまで意地っ張りだなぁー」
「余計なお世話。優こそ緊張してるんじゃないの?」
「……バレた? うん、少しね」

にっこりと余裕の笑みを見せる優が、本当に緊張してるなんて思えない。
でも、全然平気そうなのはポーズで、実は慌てているのかもしれない。

何を隠そう、今現在、私は必死に平静を取り繕っている。
彼がそうでないわけがない。誰よりも見栄っ張りで、私よりもカッコつけ。
あがり症なところまで似ている私の片割れが、緊張していないはずがない。

私がその確信を持って優を見ると、視線に気づいたのかバツが悪そうな顔をした。

「しょうがないよ。だって、一生に一度だもん」
「……一度だけ?」
「うん、僕は君から離れるつもりなんてないけど」

突然のカウンターパンチ。
正面に回った優の姿を、呆然としたまま追う。
私の前に跪いて、視線を合わせる優に我にかえった。

目の前にいるこの人は、日常の隙間を縫うように、唐突に私の欲しい言葉をくれる。
私はそんな彼に何を返せるだろう。何をしてあげられるのだろうか。
もらうばかりの私が彼にしてあげられることはあるのだろうか。

「君は違うの?」
「……いいえ、離れない」

私の珍しくも素直な返答に、優は満足そうに微笑んだ。
その笑みは、どうしようもなく私を幸せにする。
心がほっこりして、すごく甘やかな気分になる。
その度に何度も自覚する。

私は、目の前のこの人に心底惚れている。
世間で言う『首ったけ』という奴なのだろう。
メロメロで、ベタ惚れで、恋の病も真っ只中なのだ。

そんなことは恥ずかしくて、とても本人に言う気にはなれない。
言ったら喜ぶのは目に見えてる。それは何か癪だ。

「ふふ、だよねー。君、僕のこと大好きだし」
「……あなただって」

悔しさから滲み出た言葉に、優はまたクスクスと笑う。

そうやって笑う彼だって、私のことが大好きだ。
その惚れ様は、当事者の私も驚くほど。
目に入れても痛くないぐらい好きらしい。

自意識過剰なんかじゃなくて、事実。
だからこそ、愛おしくて困るのだけれど。

「ほら、時間だよ」
「……えぇ、行きましょ」

差し出された手。不安すら吹っ飛ばす私の大好きな人。
おとなしく手を重ねた私に、優は嬉しそうに目を細めた。
それを見て、私も微笑み、鏡台に置いたブーケを手に取った。

(08.08.30)






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