【41.おとぎ話】

一番好きなおとぎ話は何?
幼い頃にその質問をされた私は、『人魚姫』と答えて、周囲を驚かせたものだ。
何を思ってそう答えたのか分からないが、今聞かれても同じ答えを出すだろう。

人魚姫のように、好きな男の幸せを願って海に消える。
そんな女になりたかった。

シンデレラや白雪姫みたいに、好きなだけで全てが上手くいけばよかった。
他の童話のヒロインみたいに、ハッピーエンドを迎えられたらよかった。

『そして、二人は末永く幸せに暮らしました』

そんな終わりを目指していたはずなのに。
私たちのストーリーは、幸せなまま幕を引くはずだったのに。

どす黒い赤が視界を埋める。
フローリングの床に、ピチャピチャと何か液体が落ちる音がする。
遠くに聞こえたサイレンが現実感から私を乖離する。
手に残る衝撃だけがやけにリアル。

理由は一つで足りる。
嫉妬。それでしかありえない。

結局のところ、私は童話のヒロインにはなれないのだろう。
人魚姫のような綺麗な心で生きてゆくことに耐えられないのだ。
きっとそういう運命。

けれど、その事実は私の心に妙な空洞を作る。
他の何をしても欠けなかった胸の中にわずかな隙間が出来た。
それはひどく孤独で、淋しくて、やるせない。

今もゆっくりと確実に増え続ける隙間に泣きたくなって。
私は持った斧を自分に向けて振り上げた。

(07.07.17)






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