【46.思い出】

「あー、部活の後のこの一杯。うまいっ!」
「……お前はオヤジか」
「オヤジでも何でもいい! やっぱラムネは最高だね」

立ち上がったまま、腰に手を当てて瓶をあおる。
よく効いた炭酸。喉を通るスカッとしたラムネに微笑む。
部活後の冷えたラムネは、使いすぎた筋肉に染み渡った。

「大体そんなの何処に隠してたんだよ」
「え? 保健室の杉本のところ」
「……あの若作りじじい」
「若作りなんかじゃないよー。実際若いし、話も分かる!」
「ふーん……」
「何よりあたしのラムネを冷やしておいてくれるところがいい人!」

毎週月曜日、一週間分のラムネを持って保健室に行く。
そんなあたしに苦笑し、冷蔵庫を貸し与えてくれるのだ。
本当になんて素敵でいい人なんだろう。
辰也にもぜひ見習わせたい。

あたしが満面の笑みでラムネへの愛を力説すると、辰也は呆れたように顔を歪めた。

「お前さー、ラムネくれるからって誰にでもついてくなよ?」
「えー、さすがのあたしでもそんなことしないって」
「……どうだか」

肩をすくめ、辰也はあさっての方向を見る。
その態度にカチンと来た。
いくら普段は怒らないあたしでも、ラムネを馬鹿にされちゃ黙ってなんかいられない。

「辰也はあんまりラムネ飲まないからそう言うんだよっ!」
「……」
「このおいしさを知ったら、あたしのことバカにできなくなるんだからねっ!」

腰に手を当てて、言い放つ。
どこか納得していない辰也の表情は、あたしの神経を逆なでする。
こんな子供っぽいことにムキになったのは久々で、引っ込みがつかない。

「じゃあ、貸せよ」
「……はい、どうぞ」

挑戦的な辰也に飲んでいたラムネを差し出す。
一気に瓶を煽った辰也の喉がコクリと鳴る。
その様子を目を逸らさずに見ていた。

唇の端から飲み損ねた液体が零れる。
軌跡を描いて、それはシャツの隙間に消えた。

「彩」
「え……?」

名前を呼ばれて、意識を現実に戻す。
重なる影。触れる瓶。
流れ込む液体に、温かい感触。
この光景に覚えがあった。

まだお互いに幼くて、恋も知らなかった頃。
戯れのように唇を重ねたあの日。
あたしの中で、辰也が形を変えた。

「あの時も……そうやって味見したんだよね」
「え……」

呆けたような表情で、辰也は徐々に顔を赤くする。
その顔は、前の時とまったく同じもの。
何にも変わっていないことに少しだけ安堵した。

「……覚えてたんだ?」
「……今、思い出した」

目を伏せる辰也はどこか恥ずかしそうで、あたしまで恥ずかしくなる。
初めてじゃないけど、初めての感覚のそれは、鼓動を早くする。
ドクドクと激しく胸をノックする心臓の音がうるさい。

「……キスされて、何とも思わなかったんだ?」
「だって、本当にただの味見だと思ったんだもん」
「……悩んでた俺がバカみたいじゃん」
「ごめん、ごめん」

言い訳をして、いい加減な謝罪をする。
見上げた辰也は、あたしを見てすぐ目を逸らした。
それに首を傾げる。
どうして目を逸らされるのか分からない。

ゴホンとわざとらしい咳払いをして、辰也はあたしと視線を交わす。
その真剣な表情に、あたしの気も自然と引き締まった。

「で、今は?」
「うん……?」
「……今もただの味見だと思ってる?」

あたしを見つめるその瞳は、透き通っていて吸い込まれそうになる。
射すくめられて反射的に頷いてしまいそうだ。
けど、あたしにはすぐには頷きたくない理由があった。

唇をゆるく上げ、挑戦的な笑みを作る。
クスクスと笑いながら、睨みつけるように辰也を見上げた。

「……違うの?」
「お前なー」
「……知ってる」

でも、言葉にして欲しい。
何のために、今まで分からない振りをしてきたと思っているのか。
それが欲しくて、でも自分で言うのは恥ずかしくて。
あたしは辰也が行動するのを待っていたのだ。

「言って。辰也の口から聞きたい……」
「  」
「……上出来」

頬を真っ赤に染めた辰也にクスリと微笑む。
抱きついた身体は、部活後だからかとても汗臭い。
でも、馴染みの深いそれがあたしは好きだった。

こちらを伺うように回される手。
そんな動作にどうしようもなく笑いたくなる。
頭ひとつ高い辰也の頬に片手を添える。

「おいしかったでしょ?」
「……聞くまでもない」

最後の抵抗とばかりに目を逸らす辰也に笑って。
噛み付くようにキスを仕掛けた。

(08.09.25)






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