【48.嫌い】
「ほらよ」
「わーい、手料理だぁ。超久々だよね?」
ドミグラスソースのたっぷりかかったハンバーグ。
時間をかけてひたすらにこねた合い挽き肉は、見ただけで分かるくらい弾力がある。
添えられた人参の甘煮と茹でたブロッコリーが目にも鮮やかだ。
今日の出来も完璧。俺はその結果にひとり満足する。
自分の前に置かれたプレートを見て、千佳はニコニコと嬉しそうに笑った。
「いっただきまーす!」
「はい、召し上がれ」
手を合わせて、ナイフとフォークを持つ。
器用に切り分けて、口元に運ぶ千佳のマナーは全く隙がない。
こんな狭くて、汚い俺の部屋で披露されるには何とも惜しい。
何たって、本物のお嬢様のマナーだ。
幼少期から習っていることだから、どうしても体が覚えてるとは千佳の言葉。
忌々しそうに、そう呟いたのを思い出す。
俺はマナーぐらい覚えておいて損はないと思うんだが、千佳には言わない。
不機嫌になるのは目に見えているからだ。
「んーーっ、美味しぃ〜」
「それは良かった」
「恵吾の料理、最高。もう太ってもいい! 幸せ!」
こっちが照れるくらい、千佳はそれはもう美味そうに食べる。
うっとりと恍惚に頬を染め、ハンバーグを口に運ぶ。
パクリと食いつき、目尻を思いっきり下げる様は、本当に幸せそうだった。
けれど、その楽しそうな表情が曇る。
プレートに乗ったブロッコリーをフォークで突き刺して、俺の前に出した。
「ねーブロッコリー避けていい? あたし、これ嫌ーい」
「こら、好き嫌いは良くないぞ」
不意打ちだったために避けきれず、無理やり口に含まされる。
程よいかたさに、しょっぱ過ぎない味。
今日も変わらず美味いブロッコリーは、まだプレートに2つ残っていた。
それを行儀悪くもツンツンと突く千佳は、心底嫌そうに視線を注ぐ。
「だって、美味しくないんだもん」
「まぁ、甘くないけどさ、食べられるぞ」
「うぅー嫌いなんだもん」
極度の甘い物好きの千佳は野菜があまり好きでないらしい。
でも、俺の料理を食うようになってからは野菜嫌いも直ってきてはいる。
食べていたハンバーグには、千佳の苦手な野菜を摩り下ろして入れてあったりするのだ。
もちろん本人には内緒だが。
食べなきゃダメかと目で問うてくる千佳に、俺は厳しい顔をする。
「嫌いってさ……」
「え?」
「その言葉、俺は好きじゃないな」
嫌いという言葉は、何だか強すぎる気がするのだ。
その物の全てを否定しているようで、俺はあんまり好きじゃない。
まっすぐと千佳の目を見る。
俺の視線にたじろいだのか、千佳はそのまま俯いてしまう。
それに悪いなと思いつつも、やめることはしなかった。
静寂が続く。俺がナイフを動かすカチャカチャという音が響く。
無言の圧力に負けたのか、千佳の顔がゆっくりと上がる。
「……ごめんなさい」
「いいよ。ほら、食べよう、な?」
謝って頷き、千佳はプレートのブロッコリーを食べる。
苦かったのか唇を尖らせる千佳に、今度は甘いものを作ってやろうと思った。
(08.10.23)