【49.好き】

ブルブルブル

ポケット内で震えたケータイを手に取る。
反対の手を使って、鍵を開ける。
真っ暗な玄関に、誰が聴いているとも知れない『ただいま』を響かす。
ブーツを脱いで、廊下を歩く。

開いたケータイには、未読メールが一件。
買ってきたコンビニの袋をテーブルに置いて、メールを開いた。

『タイトル:こんばんは』

そのタイトルだけで誰だか分かる。
自然、頬が緩むのをどうにか堪え、袋から弁当を取り出した。

今日の晩御飯は、野菜たっぷりの幕の内弁当。
普段食べているものより、少しだけ奮発してしまった。
明日は倹約しなきゃと思いつつ、弁当をレンジにかける。

一分三十秒に設定して、扉を閉めた。
電子音と共に回り出す庫内を一瞥して、ケータイを見る。

『こんばんは。若葉ちゃん。今日もお仕事お疲れさま。
 スーパーに寄った時にちらっとみた若葉ちゃんは、ちょっと疲れているように見えたよ。
 あんまり無理しちゃ駄目だからね。今日は早く寝ること。いいね?
 それじゃあ、また明日。雅浩』

パタンと音を立ててケータイを閉じる。
それと共に、息を大きく吐き出した。

目を瞑る。浮かび上がる甘い顔。
ひどく心を乱される。

自覚したのはいつの日だっただろう。
気づいたときには後戻りの出来ない深い場所まで落ちてしまっていた。
どうして、好きになってしまったんだろう。

好きすぎて苦しい。
告白を断られるのが怖い。
付き合えても、その内別れてしまうかもしれないのが怖い。
何もしないで他の誰かのものになってしまうなんていやだ。

優しくされても痛い。離れていっても辛い。
恋は、なんて自分勝手で我侭なのだろう。
その感情は凶悪すぎて、いつか私は飲まれてしまうんじゃないかと不安になる。

けれど、手離すことなど出来ないのだ。
好きだと思う限り、私はこの気持ちを捨てることなど出来ない。
思いが募って身体を突き破るまで、いつか歯止めが利かなくなるまで。
『好き』だなんて、絶対伝えないけれど。

ケータイを開く。受信BOXの最新メール。
返信ボタンを押した。

『タイトル:無題
 本文:会いたい。』

たった一言そう添えて、メールを送る。
これを見て、一人慌てればいい。
何気ない一言で振り回されることを知ればいい。
考えすぎて、夜も眠れない私の気持ちを少し味わえばいいんだ。

ケータイの電源を切る。
今日はどんなメールがあっても、もう返信なんかしない。
してやるものかと決意し、棚からお箸を出す。
軽快な音を立てたレンジのお弁当は、ひどく味気ないものに見えた。

(08.10.29)






NEXT⇒
モドル お題TOP