【05.囁く】

ガラリと鈍くて静かな、襖を開ける音がした。
すり足で近づいているのか、足音が畳をこする。
軋んだ床に影の落ちる布団。今夜はひどく暑かった。

「……起きてる?」

その言葉に、僕は一言も返さなかった。
覆いかぶさる気配に身体を強張らせて、次の言葉を待つ。

「大好きだった。本当よ?」

大丈夫、気づいてる。僕はちゃんと知っているんだ。
それがもう、過去形でしかないことに。
今、その気持ちが君にとって重荷でしかないことを。

「でも……」

その言葉の後に続くものを知っていた。
耳をふさいでしまいたい心境を、どうにか耐える。
起きてることを悟らせたくなくて、身じろぎ一つ出来ない。

「さよなら……」

生温かい息が顔にかかる。
こめかみに落とされた口付けに、思わず目を開きそうになる。
でも、淋しそうに囁かれた別れの言葉が、僕を思いとどまらせた。

行かないでなんて言わない。
淋しいなんて言えない。
僕は、君を困らせるなんて出来ない。

それを知っていて。きっと起きていることに気づいていて。
別れを告げる君は、なんてずるい人。

でも、そんな君が……好きだった。
本当に、好きだったんだ。

再び軋む畳。襖を閉める音。
世界は闇に包まれた。

(08.07.17)






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