【50.幸せ】
「だから、おかしいってば」
「……お前の方がおかしいだろ」
もう二十分も続いている不毛な言い争いを、私はずっと見ていた。
さっきまではキンキンだったドリンクは、すでにぬるい。
冷めたポテトを一つつまみ、口に放り込む。
長いそれをゲットして内心嬉しがった私の耳に、ヒートアップした二人の声が響く。
「絶対あたしだって。いい加減ひいたらどうなの?」
「いいや、俺だね。お前こそ負けを認めたらどうだ?」
大声で怒鳴りあうものだから、この狭いファーストフード店の中で人目を集めている。
その渦中にいる私を、同情の目で見てくる人もちらほらいる位だった。
あくまで相手の意見を認めない二人に、これは長引きそうだと判断する。
そう遠くないレジに財布を持って並ぶ。
その間ですら青少年の主張は終わらない。
「あたしの方が好き!」
「俺の方が好きだってば!」
空気中にさとうきびでも生み出す気かと思う痴話喧嘩に、私はため息をついた。
席の方に呆れた視線を寄越す店員に、コーヒーとハンバーガーを頼み、受け取る。
きっちり三人分のカップを争うテーブルに置く。
コンっという音に、やっと現実に帰ってきた二人は、ようやく私を見た。
「ねっ、真希。どっちだと思うっ?」
「俺の方がこいつの事好きだよな?」
「違うよ! あたしの方が好きだもん!」
あぁ、不毛だ。そして、私は惚気られているのだろうか。
多分この二人のことだ。無意識なのだろう。
けれど、迷惑だ。今、恋人のいない私にとっては毒に近い。
仕方ないなぁと苦笑して席に着く私に、二人は不思議そうに首を傾げた。
その動作はまるで長年連れ添った夫婦のようにぴったりで、また私の笑いを誘う。
「……私、お邪魔虫じゃない?」
「全然っ!!」
同時に否定した二人にクスクスと笑う。
口喧嘩は絶えないが、何だかんだ言って仲良しだ。
それもそうだろう。あと二月後に結婚を控えている。
親友たちの指に嵌まった銀色の指輪は、小ぶりだが良く似合う。
コーヒーを一口含んで、私は頬杖をついた。
「ねぇ、綾子。……幸せ?」
「え……うんっ!」
最初の戸惑いのあと、すぐに頷いた親友は幸せそうで。
その隣で親友をとても愛おしそうに見つめる主と目が合う。
お互い苦笑し、またコーヒーを飲んだ。
二人を見て、こんな幸せな結婚ならしてみたいと思った。
(08.10.20)