【06.甘い】

「お前が欲しい」
「……ふーん、それで?」

革張りの回転椅子に座る小柄な少女は、外の景色を見ていた身体をこちらに向けた。
椅子の回るキィーッっという音がやけに部屋に響く。

「それで君はどうしたいって言うんだい?」
「だから……お前を抱きたいって思ってる」
「……ふーん。それで?」
「だからっ……――!?」

なお言い募ろうとした俺の顔すれすれを、鋭い何かが飛んだ。
振り向いた先、磨きあげられた床に万年筆が深々と刺さっている。
それに絶句し、体勢を元に戻す。

椅子の上で偉そうに腕を組む少女の瞳は、どこまでも冷ややか。
まるで、冬の冷たさだけを切り取ったような目は、俺を睨んでいた。

「何回も言ってるだろ? 僕は、君のものにはならない」
「お前……」
「君があの子と別れたって、それは関係ないのだよ」

一瞬だけ、少女の目に過ぎったのは、嫉妬。
俺は確かにそれを見て、目を見開く。
そんな俺の様子に苛立ったのか、少女は顔をしかめた。

「彗」
「呼ぶな、馬鹿」

思わず名前を呼んだ俺に、少女は重厚な机の引き出しを開けた。
それに嫌な予感がして、すばやく近寄る。
案の定、沢山の万年筆がディスプレイされていた引き出しを、彗が開ける力より強い力で閉めた。

俺に邪魔されたのが悔しいのか、彗は切れ長の目で思いっきり睨んでくる。
それに俺も返し、しばらく二人で睨みあう。
この不毛な争いに嫌気が差したのか、先に折れたのは彗だった。

「……」
「だって、君は全てをくれないだろう?」

視線を逸らし、ポツリと呟く。
その言葉の意味を考えるよりも先に、彗が動いた。
ネクタイを思いっきり引っ張られ、前のめると、息がかかる距離に彗の顔があった。

「僕はね、全てが欲しいの」
「……」
「どうせくれるなら、全部ちょうだい」

表情を消した顔に、意志の強い瞳。
傲慢なまでに全てを望み、けれど全てを手に入れられない支配者の顔。
ありあわせの何かじゃ、この少女の隙間は埋められない。

彗が望むのはただ一人――俺の全て。
でも、俺は俺の全てを彗にあげられない。
彗だって、俺に全てを捧げられない。

この少女が支配者であろうとする限り、俺と彗は平行線のまま。
何も変わらない。

「全部じゃないならいらないよ」
「彗」
「……だから、呼ぶなと言ってるだろう」

頬に添えられた手に、俺もそれを重ねる。
ただそれだけの行為に、わずかに微笑む彗は、俺と共にいてもやはり孤独だった。

(08.08.08)






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