【08.別れ】
「ほら、手。迷子になるだろ?」
「……うん」
差し出した手を軽く握られる。
俗に言う『恋人つなぎ』でつながれる手は、ほんのりと温かい。
先導する彼の後ろをついていく。
私のゆっくりした歩調に合わせてくれる彼に、思わず微笑む。
「ありがとう」
「何が?」
「ううん、なんでもない」
彼と過ごすのは楽しい。
なのに、いつもネガティブなことを考えてしまう。
心配性な自分の悪いクセだった。
今も、できることなら、今この瞬間に、息を止めて欲しいって思ってる。
そうしたら、幸せなこの時だけを覚えていられる。
これから来るかもしれない別れを、体験しないで済む。
だから、嫌なのだ。
手に入れたと思ったら、この手をすり抜けてゆく。
いつだって失ってしまう。
些細なことが原因だったり、大喧嘩したり。
思い当たることは色々とあるけれど、結局はいつも一緒。
失う。そして私は、抜け殻になる。
恋人を失って、心を傷だらけにして、何も手につかなくなる。
そうなるならいっそ、恋なんてしなければいい。
恋なんてしなければ、傷つくこともなく、平穏無事な人生が送れるだろう。
でも、きっと。私は恋をしなくちゃ死んでしまうのだ。
海を泳ぐマグロが、泳ぎと共に心臓を止めてしまうみたいに。
「ん、どうした?」
「……ううん。なんでもない」
手に入れて手放すくらいなら、最初から手に入れないほうがいい。
今だってそう思ってる。
けれど、私は恋によって生かされ、恋のせいで死ぬのだろうから。
いつか失うその時まで。私は、この手のぬくもりを離さなければいい。
(08.08.08)