【09.永遠】

「そんなに早く大人にならないでくれ」
「どうして……?」

抱きしめる少女は、私の胸に寄りかかって、本を読んでいた。
その身長は、座り込んでいるのに、私のみぞおちより低い。

長い髪の毛を、手ぐしですいていく。
絡まることのない髪は、つやつやしていて、私を楽しませる。
本を読む手を止め、少女は髪をすく私を遮った。

「理由を教えて」
「……私のため、なんだろう?」
「……えぇ、そうよ」

年の割に、大人びた話し方をする少女は、頬を少しだけ赤く染める。
多分、私のためにやっていたことが悟られてしまって恥ずかしいのだろう。
そういう所が可愛いと思う。

「私はね。それが、私のためだと分かっていても嫌なんだ」
「……何故?」
「だって、君は……大人になったら、私から離れていくかもしれないだろう?」

理由なんて訳ない。
私が女々しいだけで、少女の成長を妨げる理由になんてならない。
子供っぽい独占欲のせいで、少女が大人になることを止めてはいけない。
分かっているのだが、ただそれを嫌だと思った。

「色々な世界に触れて、色々な人に会って。君は、私を忘れてしまうかもしれない」
「……忘れるわけ」
「うん、君に限ってはないだろうね」

そんな薄情な子じゃないことは知っている。
それでも、忙しい日々は、いつかは大切だったことまで薄らげる。
大人になったら、君は私を思い出すこともしないだろう。
これは予感じゃない。確信だった。

「私は君がそうなる前にね」
「……」
「君を閉じ込めてしまおうかなんて、考えてるんだよ?」
「――いいよ」
「え……?」
「閉じ込めてもいいよ。あたしは、あなたが好き。だから、許す」

いつの間にか、向かい合わせになった少女は、私の目をまっすぐ覗き込む。
その瞳には、嘘や駆け引きなどの不純なものは一切含まれていない。
私への気持ちを目でストレートに伝えてくる。

「あたしは大人になる。あなたに釣り合う女になりたいからよ」
「……」
「その途中で、どんな世界に触れて、どんな人に会って、あなたがあたしに何をしても嫌いになんてならない」
「アリア……」
「愛ってそういうものでしょ?」

この少女は、もう『少女』とは言えない。
立派に一人の女だ。
誰かを愛して、誰かに愛されることを覚えた一人の女。
子供だなんて冗談じゃない。

「永遠を誓うなんて、無責任なことは言わない」
「アリアッ!」
「でも、誓うわ。生きてる限り、あたしはあなたのものよ」

大声で名前を呼んで、思い切りかき抱く。
痛そうに呻く少女の手が、私の背を撫でる。
そのゆったりとした動作に、ひどく安心した。

「……君には、敵わない」
「あら、当たり前でしょ?」

耳元で可笑しそうに笑い、少女は身体を離す。
その表情は、悪戯を思いついた子供のようで、我侭を言い出しそうな女にも見えた。

「恋する女は無敵なのよ?」

全てを悟り、クスクスと笑う少女は、まるで羽化する蝶のように。
美しい女になった。

(08.07.30)






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