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リリム 3.仮面と模索




「これどこやります?」
「うーん、奥、いや左から3番目の下段に突っ込んどいて」

大判の本を抱える竹内にいらない書類をシュレッダーにかけながら指示する。

今日は、彼の論文の添削をする代わりに書庫の整頓を頼んだ。
最初こそ不満そうな顔をしていたものの、いざやりだすと凝り性の竹内は率先して色々と動く。

それにつられて、僕も机周りを片付けているのだが、竹内のペースには勝てない。
僕も男とはいえ繊細にできているもので、あまり力仕事はむかない。
こういうことは若い男の子に任せるに限る。
松山が聞いたら、半眼でにらまれそうだ。

「そういえば、竹内君は松山君と仲がいいんだよね?」
「仲がいい?」

僕の研究室は総勢四名。
男三女一のちんまりした集まりで、竹内はその中で一番年下のいわゆるマスコットキャラ的な存在だ。
うちの研究室は比較的みんな仲良しのようで、よく僕抜きでも飲みに行くらしい。
そういうとき、僕も誘ってくれるといいのだけど、いつも弾かれる。

いわく、僕がいると女性トラブルが起きるから嫌なのだと。
前飲み会で隣になった女性グループの一番綺麗な子をお持ち帰りしたことをまだ根に持っているらしい。
何もいつも女の子をお持ち帰りしているわけじゃない。
たまたま好みの子がいただけだ。

その飲み会のときも松山はいたし、よく楽しそうに話をしているのを見る。
どうしてそんなうんざりした顔をされるのか、僕には分からない。

「誤解ですよ。仲よくないし、心外です」
「そうなんだ」

口数少なめに、竹内は否定する。
その意外な言葉に僕は腑に落ちないながらも返事をした。

「助教授の方が仲良さそうじゃないですか」

話を逸らそうという意図か、こちらに振ってきた竹内に僕は苦笑する。

「うーん、僕は最近まともな雑談が出来るようになったというか」
「嫌われてますしね、助教授」

竹内の言葉で、傍から見えても僕は嫌われているのかと少し気落ちする。

デートしてくれるってことはそこまで嫌われてるわけじゃないと思う。
松山の性格だったら嫌いな人間とは出かけたりしないだろう。
でも、教師に誘われて断りにくくて付き合ってくれているのかもしれないし、彼女の本心は分からない。

願わくば脈があることを祈るけど、散々僕の逢瀬に遭遇した彼女だ。
応じてくれるなんて、夢のまた夢かもしれない。

松山の話題が出ているのにかこつけて、竹内からもう少し彼女の情報を引き出せないだろうか。
何でもいい。彼女のことが知りたかった。

半月前のデートを思い出す。

「この前初めて学外で会ったけど、彼女はなんていうか、普段は清楚というか可愛い子なんだね」
「それ、騙されてますよ!」

僕の言葉に竹内は振り返って大声を出した。
その勢いに驚き、作業の手が止まる。

騙されてる。
それが意味するところが分からず、僕は首を傾げた。

「騙されてるって?」
「松山は助教授の前では猫被ってるんですよ!」

猫をかぶる。
本当の性格を隠しておとなしく振舞うという意味だけど、彼女は僕の前でおとなしくなんかない。
言いたいことはオブラートに包まず言うし、裏表がないように思えるけれど、彼にとっては違うのだろうか。

竹内はなおも息巻く。

「噂知らないんですか?」
「うわさ?」
「松山がウリしてるって――」
「何のお話?」

僕らの後ろから聞こえる楽しそうな声。
ぎくりとして二人で振り返ると、研究室の入り口に張本人が立っていた。

開いた音のしなかったドアは、パタンと死刑宣告のような音を立てて閉まった。
竹内はさっきまでの勢いをなくし、どこか居心地が悪そうな面持ちだ。
カツカツとヒールを鳴らしながら松山が近づく。

「確証のない噂を広めるの良くないと思うの」
「嘘じゃないっ! 見た人もいるって」

不自然な笑顔から出る責めるような言葉。
松山は弁解する竹内に詰め寄った。

「うん、それで? 成田助教授に言いつけてどうするつもり?」
「それはっ……」

言いよどんだ竹内に松山は鼻で笑って続けた。

「振られた腹いせ?」
「っ〜〜」
「女々しいのね」

意地の悪い嘲笑。
竹内の首が真っ赤に染まった。

二人してにらみ合って、僕は蚊帳の外。
見ているこちらが冷や冷やする攻防は、竹内が機嫌悪く去っていくことで決着がつく。
添削の終わってない論文は、後日渡すことにした。

あとに残された僕と彼女の間には、気まずい沈黙が落ちる。
竹内が出て行ったドアを睨んでいた松山がくるりと僕に向き直る。

「嫌なところ見られちゃいましたね」
「……君、いつもあんな感じなのかい?」
「何か変でした?」

苦笑する松山を注視する。
自分がガミガミ言われることはあっても、他人がやりこめられてる様を傍でみることは初めてだった。
少し新鮮な気分だったけど、何かが引っかかる。

「君は僕に対して厳しいけれど、あんな冷たい言い方はしないじゃないか」
「……まるで私があなたには優しいとでもいうようなふざけた言い草ですね」

僕の言葉に松山は苦々しい表情だ。
松山は否定するかもしれないが、僕に対してはあんな態度はとらない。

竹内は同じ研究室のメンバーだ。
賢い彼女のこと、普段だったらもう少し先のことを考えて、言葉を選んでいたはず。

けれど、今日は僕に対するより手厳しかった。
よっぽど嫌なことでも言われたときのような噛み付き方だった気がするが、追求するのはまずい。
口を聞いてくれなくなるであろうことは、火を見るより明らかだった。

だからそれ以上は追求せず、話を逸らすため僕は彼女の言葉を肯定した。

「松山は優しいよ」
「頭おかしくなったんですか?」

不愉快そうに眉を歪める松山。
褒められるのは少し苦手なようだった。

「だから、君が追い出した彼の分、書庫の整理よろしくね」
「……」

まだ半分も終わっていない状態で彼を帰してしまったのは松山だ。
責任を取って手伝ってくれないと困る。

意図が伝わったのか、恨めしい目で僕を見る松山。
けれど、自分が悪いことは分かっているのか、おとなしく間近な本を手に取った。






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2012.03.30