日陰の白百合 4
長い長い夢を見ていた気がする。
それはひどく幸せで、それはひどく切ない夢だった。
「ん……」
「笑実?」
私を呼ぶ声がした。
けれど、私はその声に答えられない。
まだ、この幸せなのに切ない夢に浸っていたかった。
「ゆり……あ、百合亜。ごめん、ごめんね」
「……笑実?」
何度も私の愛した彼女の名前を呼ぶ。
百合亜。純潔を意味する私のただ一人。
たとえ、誰に抱かれたって、それが複数だって、彼女の美しさが霞むことなんてありえなかったのに。
汚いなんて、有り得ることではなかったのに。
「ごめんね、ごめん……」
「笑実っ!」
耳元で聞こえた大きな声に、私の意識が浮上する。
それと同時に私はまた愛する人と別れた。
あの最後の日の朝、車に撥ねられて、突然逝ってしまったときのように。
目を開ける。
視界に入る灰色の天井。いつもと変わらない私の部屋だった。
「え……」
「おかえり。いい夢じゃなかったみたいだね」
「明良……」
上から覗き込む明良は、私の額に張りついた前髪をその手でどかす。
その動作に、ここが現実だと悟る。
長い長い夢を見て、幸せだったあの頃を思い出して、それを失ったことに私は呆然とする。
「大丈夫? うなされてたみたいだけど」
「……」
穏やかに微笑む明良に早かった鼓動がゆっくりと静まっていく。
身体を起こして、明良に向き合う。
明良はベットの下に膝をついて、私を見上げていた。
「怖い夢だった?」
「うん……」
私を宥めるように往復する手に、私は自分のそれを重ねる。
人肌の温度に安心する自分がいた。
「ねぇ、明良」
「どうかした?」
「ここにいて。ずっと傍にいて」
腕を掴んで、引き寄せる。
私の望みどおりに私を抱きしめてくれた明良は、額にキスをした。
「うん、笑実がそれを望むなら」
「……よかった」
優しく曖昧に微笑む明良に目をつぶる。
唇にそぅっと落とされた口付けを私は自分で深くした。
肩に添えられた手に静かにベットに戻される。
その動きに、今はいない彼女を想った。
この百合亜のいない世界を、千切れかけた体と、バラバラの心をもって彷徨い。
今日もまた、彼女のように、好きでもない男に抱かれるのだろう。
百合亜の信じられなかった『愛』とやらを、ずっと、きっと永遠に探して。
私は、欲望を貪りながら、どうにかこうにか生きている。
2009.01.26