02.空き箱 空っぽなのは、いつかもらったプレゼントの箱と… この心 「その箱って何?」 今日は大掃除の日。 久しぶりに帰ってきた実家の元・自分の部屋、現・妹の部屋の掃除をしている最中だった。 例の箱が出てきたのは。 その箱は、思い出したくもない思い出が詰まった箱だった。 * * * 4年前、私には一人の大切な人がいた。 彼の名前は、謙哉。 私と同級生でその当時の彼氏。 私達は周りから見ても、仲のいい恋人同士に見えただろう。 事実、そうだった。 いつも一緒にいるし、ケンカしたこともない。 将来は結婚しようと夢みたいなことも誓い合っていた。 今は、あの当時の自分にそんな馬鹿な真似はやめろといいたい。 結局その夢は叶うことはないのだからと。 私たちの仲のよさは生徒公認といってもよかった。 それだけ、私達は有名だった。 廊下を歩くと冷やかされて、それに謙哉が返す。 そんな平和な日々を送っていた。 休日には必ず二人で過ごした。 晴れたら海や山、ショッピング、さまざまなところに遊びに行った。 海なら、二人で泳ぎの競争をした。いつも同着で決着がつかなかったけれど、私はそれなりに楽しかった。 たまに、浜辺を歩いて、お互いの夢も語り合った。 途中で水を掛け合って遊んだ事もあった。 雨の日にもお互いの家で勉強をしたり、ゲームをしたりして、雨の退屈さを解消した。 謙哉といれば、退屈することなんてなかった。 あのときの私には、謙哉が全てだった。 例の箱は、3年前のクリスマスに謙哉からもらったプレゼントが入っていた箱だった。 手のひらに収まるサイズで、中身は、ネックレスだった。 当時、CMで放送されていた有名ブランドの限定モデル。 それを私のために、バイトまでして、謙哉はプレゼントしてくれた。 それが嬉しくて、私は泣いた。 そんな私を笑って慰めてくれた謙哉。あの夜も謙哉は優しかった。 幸せな日々は、永遠に続くと信じていたあの頃。 本当に、幸せだった。 でも、平凡で楽しかった日々は、簡単に崩れ去った。 二年前のある日。 もう高校も卒業して、謙哉と同棲をしていた私は、謙哉の帰りが遅いのを心配していた。 お互い違う大学にいっている私たちは、生活パターンが違う。 だから、夜ご飯だけは一緒に食べようと決めていた。 でも、もう時間は10時。 いくら何でも、大学の講義の時間は終わっているだろうし、今日はバイトもないはずだ。 もしかして…、浮気? なんて思ったけど、そんな訳ない。 私達はまだ蜜月だ。 それに、大学を卒業したら、結婚する約束もしている。 謙哉が帰ってこないのには、何か理由があるはずだ。 私は何をするわけでもなく、謙哉を待ち続けた。 結局謙哉は、朝になっても帰ってこなかった。 心配になってかけた電話も、留守番センターの無機質な音がかえってくるだけ。 不吉な予感がした。 その不吉な予感を裏付けるように、電話が鳴った。 謙哉からかもしれないと、焦って電話に出ると、まったく別の人だった。 その電話に出なければよかったと、何回後悔したことだろう。 その電話は、病院からだった。 その日、私は最愛の人を失った。 謙哉は二度と帰ってこなかった。 原因は、交通事故だった。死体は損傷が激しくて、謙哉の原型を留めていなかった。 遺留品に女物の指輪があった。 その指輪についていた手紙を見ると、それは、婚約指輪だった。 (私は、まだ、その指輪を薬指につけている。) 実感は沸かなかった。 笑いながら帰ってきそうな気がしたし、信じたくなかったのかもしれない。 でも、気がつくと謙哉と暮らしていた部屋を引き払って実家に戻っていた。 もしかしたら、頭の片隅では謙哉が死んだという事実を受け止めていたのかもしれない。 * * * 「ねえ、お姉ちゃん。これどうするの?」 妹の声で現実に戻された。 時間にしては1分も経っていない。 10分以上は経っていると思ったのに。 「そうね、私はいらないから捨てようかな」 そうしてゴミ箱に持っていこうとすると、 「ちょっと待ってよ」 「何?水栖、これ欲しいの?」 「そういうことじゃなくて、今の今まで取って置いた大切なものを、そんな簡単に捨てていいのって聞いてるの」 「……」 「やっぱり…。素直になりなよ、お姉ちゃん」 わが妹ながら、鋭い。 本当は捨てたくない。 でも、これ以上彼の思い出を抱えて生きていくのは辛い。 「謙哉さんの思い出抱えて生きていくのは辛いだろうけど、人間そういうものを乗り越えてしぶとく生きていくものだよ?」 そう彼女の言うとおり、彼のいないこの世界でも私は生きていかなければいけない。 それが、残されたものの義務なのだから。 「ほら、お姉ちゃん、お母さん呼んでるよ」 「うん、分かってる」 実際年齢より年寄りじみている妹は、さっさと階段を下りていってしまった。 でもね、水栖。 抱えていて重いものがあるなら、いずれは降ろさなければ生きてはいけないのよ? 賢いあなたのことだから、そんなことは分かって言っているのだろうけど。 それにあなたは、私の背負っているものを、半分預けられる誰かを見つけて欲しいと思っているのでしょうけど、 私の背負っているものを背負えるような人はいないだろうし、私はもう誰とも謙哉との仲のようにはなりたくないのよ? だって、心を失くした私には、もう恋なんてすることは出来ないから…。 空っぽなこの心に響くような言葉なんて、現れるはずないから。 でも、謙哉のいないこの世界で、私は生きていかなければいけない。 心を失くしたまま。 愛する人を亡くしたまま、この空虚な心を抱いて。 でもね、謙哉…。 謙哉の消えた世界は、とても虚ろで私は生きていけないよ。 う〜ん。 |