あなたと片恋#5
2.困難
「じゃあ、今日はここまで」
「はい、お疲れ様でした」
バイト上がりの時間。
制服を着替えるために更衣室に急ぐ同僚を尻目に、わたしは休憩室で呆けていた。
そわそわしながら時間を潰していると、入り口から粗野な外見の待ち人が顔を覗かせる。
「何やってんだ? 益田?」
「え……そりゃあ店長待ってた」
素直に零すと、あなたは苦笑を浮かべながらこちらへやって来る。
そして、わたしの前のパイプ椅子にだらしなく座り込んだ。
よれよれのワイシャツのポケットから出すシガレットケース。
火をつけた煙草が紫煙をくゆらせ、休憩室の酸素が一気に足りなくなる。
でも、わたしはこの瞬間が一番好きだった。
「お前な、親御さん心配するだろ」
「……知ってるくせに」
わたしが家族の誰からも心配されていないこと。
誰よりもあなたが一番分かっているはずなのに、わざと言うなんて嫌味な男だ。
それに悪気がないのだからなお良くない。
拗ねて唇をとがらせる私に、あなたはまた苦笑を浮かべた。
「……悪かった」
「いいよ。許す」
存外簡単に許しを出すわたしに、あなたはきょとんとする。
その後破顔し、わたしの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「なっ、何?」
「ほら、益田帰るぞ」
「……うん」
おでこをこつんと小突いて、あなたはわたしから手を離した。
それを追いかけたくて伸ばした手を、途中でゆっくりと下ろす。
子ども扱いでも、触れてくれたあなたに嬉しいと同時に切なくなる。
『好きです』
その言葉を言うだけなのに、どうしてそれがこんなにも難しいのだろう。
この関係を壊したくない。けれど、想いは伝えたいなんて。
わたしはワガママだ。
「どうかしたか?」
「……なんでもない」
呑みこんだその言葉は、消化不良を起こしていて。
吐き気をこらえるために、ひっそりとため息をこぼした。
2009.02.21