夕方の繁華街。
道を歩く人は皆、同じにつまらなさそうな顔をしていて、きっと俺もその一部だったのだろう。
彼女と出会うまでは――
『秋の
菖蒲』
会社帰り。
駅から出てすぐに繁華街は広がる。
買い物に走る主婦に、街道で井戸端会議を始めるおばさん達。塾帰りの小学生に、疲れた様子のサラリーマン。
すれちがう街の住人は皆同様に急いでいて、そんな中をまったりと歩く俺はある意味異質だった。
仕事が久々に早く終わり時間をもてあましていた俺は、いつもよりゆっくりと帰路についていた。
長かった繁華街の次に寂れた商店街が現れる。
歩きながら今日の夕飯のメニューを考えていた俺は、何気なく見たわき道に何故か停まった。
普段は通らない道をどうしてその日に限って通ろうと思ったのか分からない。
あえて言うなら、黄昏の陽が落ちるその道にただ惹かれてしまっただけだった。
そして、吸い込まれるようにその道に入りしばらく歩くと、初めて前から通行人がやってきた。
それは何ともないただの一人の女子高生。
流行にのっとった形の制服を少し着崩している彼女は短いスカートで携帯をいじりながら前から歩いてくる。
やがて携帯を閉じたその手を口元に持っていった。
眠いのだろうか、欠伸をするその顔が綺麗で。
自然現象で流れ出る涙をそろりと拭うその仕草に、俺は無意識に話しかけていた。
「マスカラ落ちるよ?」
話しかけていた自分に驚いて、俺は口を覆う。
しかし、事はもう遅くその声が届いて、彼女はその美しい
顔を歪ませた。
黒々とした髪がその動作にあわせて揺れる。
「……余計なお世話よ」
それが俺と彼女のおそらく初めて交わした会話だった。
2007.10.05