秋の
菖蒲 銀座編<2>
コンビニの裏口が見えるところで菖蒲を待ち伏せる。
あれから五日。明らかに避けられていた。
「菖蒲」
バイトが終わったのか、裏口から出てきた菖蒲に話しかける。
そんな俺に視線を寄越すわけでもなく、菖蒲はそのまま自宅の方向へ歩いていった。
その後ろを俺は無言でついていく。
コンビニから程よく遠ざかったところで、後ろから菖蒲の腕を掴んだ。
「無視するなよ」
「……触らないで」
道端の汚物を見るような親愛のかけらもない菖蒲の目に少しひるむ。
コートの上からでも俺に触られるのが不快なのかもしれない。
虫の居所が悪そうな菖蒲に早々に本題を出した。
「なんだよ、あれ」
「あれってなによ」
「銀座ですれちがったとき、菖蒲ちゃん無視しただろ」
つんけんした菖蒲の物言いに負けないように、少し抑圧的に喋る。
俺の態度が気に食わないのか、菖蒲はさらに不機嫌な顔。
「何で私が無視したか、分からないの?」
「……言わなきゃ分かるわけないだろ」
俺はエスパーじゃないし、どちらかというと鈍感な方だ。
自信満々に、蒲のことなら何でもわかると言いたいけれど、今回は無理だ。
言ってくれなきゃ分からない。
俺の言葉に、菖蒲はキッと眦をあげて声を荒げた。
乱暴に腕を振って、俺の拘束から逃れる。
「付き合ってる人がいるなら、私にちょっかい出すのやめなさいよ!」
「は?」
「とぼけないでよ! こないだ隣にいたの彼女でしょ!?」
予想外のことを言われて、俺は思わず固まった。
隣にいた同僚が彼女。冗談じゃない。
菖蒲がどうして勘違いしたのか分からない。
でも、この誤解を解かなければいけないことだけは分かる。
俺は慎重に切り出した。
「誤解だ。……ただの同僚だよ」
「嘘。信用できない」
すっぱりと言う菖蒲におもしろくない気分になる。
信用できないなら、何を言ったって無駄だ。
俺は早々に白旗を揚げた。
「じゃあ、どうすりゃいいんだ?」
「無理無理無理。もうあんたとはいたくない」
何も聞きたくないと言わんばかりの菖蒲に苛々が募る。
駄々をこねる子供。手に負えないと思った。
どこか意地悪な気持ちのまま、俺は口を開く。
「なぁ、菖蒲」
「何?」
「それって嫉妬だろ?」
振り上げられる右手。痛みを予想して構える。
久々の衝撃。甘んじて受け入れた菖蒲の平手。
彼女は泣きそうだった。
「嫌い! 大嫌いっ!」
顔を真っ赤にして、菖蒲はコートを翻す。
去っていく背中を見送りながら、やりすぎたなと思った。
「痛ってぇ〜」
殴られた左頬がひりひりと痛む。
菖蒲の嫉妬。
嬉しいことのはずなのに、どこかすっきりしない。
こういうやり方でしか、菖蒲の気持ちを確かめられない自分の女々しさ。
俺じゃ駄目だと言われるのも当然の気がした。
2012.10.04