2.




「なぁ、なぁ。話ぐらい聞けよ」
「うるさい。黙れ。そして、消えろ」

閑静な住宅街。
その一角に言い争う二人の男女がいた。
一人は切れ長の目、艶やかな黒髪の女子高生。
一人はスーツと煙草の似合うサラリーマン。つまり俺だ。

早足で歩く彼女に何とかついていこうと、俺も自然早足になる。
しかし、彼女のあんまりなその物言いに、さすがの俺も立ち止まった。

「さすがにそれはひどいんじゃないの、菖蒲(あやめ)ちゃん」
「気安く名前で呼ぶなって言ってるでしょ、鶏頭」

鞄についていたネームプレートから名前をゲットした俺は、嬉々としてそれを呼ぶ。
(たちばな)菖蒲』。どことなく古風なその名前は、目の前の黒髪の彼女にお似合いだった。

「ねぇ、菖蒲ちゃん。話聞いて」
「いい加減にして! 警察呼ぶわよ」
「どうぞ、ご勝手に。呼べば〜〜」

適当な俺の返答に菖蒲はキッと切れ長の目で俺を睨む。
彼女の関心がやっと俺を向いたことに少し喜びつつ、俺は大人の余裕でその視線を受けた。

「しつこい。あんた何なの!」
「唯のしがない会社員でございます」

肩を怒らす菖蒲に営業用の笑顔で敬語を使う。
そんな俺の様子にさらに怒りが増したのか、菖蒲は腕を組んだ。

「で、その唯のしがない会社員が私に何の用?」

苛々と足をパタパタ鳴らしながら、菖蒲は聞いた。
やっと話を聞く体勢になった彼女に、俺は素直に自分の気持ちを告げた。

「好きだ。君のことが好きだ」

多分、一目惚れ。どうしようもなく、抗い様もなく。
ここの所、仕事に追われて恋の一欠片もなかった俺の心を易々と攫っていった。
衝動が。何かを劇的に変える、そんな衝動を感じた。

「……あたしとあんたが会ったのって、今日が初めてよね?」
「そうだけど、それが?」
「なのに、どうしてあんたは私を好きなの? 理由は?」

俺の告白にこめかみに手を当てて半眼でこちらを見る菖蒲は矢継ぎ早に質問をする。
理由。そんなのは簡単だ。
俺は思ったことを率直に、何の脚色もなく語った。

「顔が……、欠伸したときの涙を拭った仕草が綺麗だったから」
「……」

無言で俯く菖蒲の表情はこちらからでは窺い知れず。
俺は彼女の返答を待つ。

「まず……あんたは、女の子の口説き方を勉強した方がいいわ」

顔を上げた菖蒲は笑っていた。
唇の端は引きつり、眉は痙攣しているかのようにピクピクと動く。
どうやら怒っているようだった。

「顔洗って出直して来い」

その言葉と共に飛んできた鞄に、俺は呆気なく意識を手放した。







NEXT  TOP




2007.10.05