3.




夕方の繁華街を抜けた閑静な住宅街。
今日もまた、俺は彼女と出逢う。

「でも、隣のアパートなんて奇遇だね。運命って感じ?」
「一人で言ってろ、この変態」

菖蒲の対応が会えば会うほど、つれなくなっていく。
でも、そこがまたいいなんて俺はマゾヒストだったのか。

「変態だなんて、ひどいな〜。趣味はそんな悪くないと思うんだけど」
「あんたの存在自体が変態で、奇天烈で、公害なのよ」
「公害って……、きっと俺は世界を救ってるよ?」
「……」

俺の軽い冗談に、冷ややかな視線を寄越す菖蒲。
少し殺意を含んだぬばたまの黒に微笑う俺が映りこんでいた。

「あ、そうだ。俺の名前知ってる?」
「……」
「知らないみたいだね。俺は萩―」
萩原秋斗(はぎはらあきと)

彼女の口からあっさり出たその名は、間違いなく自分の名で俺は絶句する。
黙った俺を一瞥して、菖蒲はさっさと先に行く。
我に返り、早足で彼女の横に並ぶ。

「何だ……知ってるんじゃん」
「……自分を口説いてる男の名前ぐらい知ってるわよ」

嬉しさが滲み出た俺の声音に、隣を歩く菖蒲の顔は険しくなった。
俺を引き離すように、さらに早くなる歩調。

「ってことは、少しは俺に興味があるって思っていいのかな?」
「自意識過剰……」

心底嫌そうな顔でそう言い捨てて、菖蒲は目の前に見えたアパートの門をくぐろうとする。
それを阻止するため、俺は菖蒲の手首を掴んだ。

「おっと、今日は逃がさないよ」
「……放して」
「嫌。話し聞いてよ」
「っ〜〜、嫌よ。聞く話なんてないんだからっ!」

掴まれた腕を振り解こうと暴れる菖蒲を引きずり、俺もアパートの門をくぐる。
雑草が無駄に覆い茂る庭を越えて、彼女の住まいの前に着く。

「はい、着いたよ」
「……」
「ほら、どうしたの?」

すっかり黙ってしまった菖蒲の顔を覗く。
彼女は少し唇を噛んで、悔しそうな顔をしていた。
それはとても意外な表情で、俺は不思議に思う。

「あんただって……私の話を聞かないじゃない」
「そりゃあ、君が聞かないからね」
「……」

菖蒲の言葉を一刀両断すると、やっといつも見ている彼女らしい表情になる。
眉を顰めて、ふるふると震えている菖蒲は拳を握った。

「大体……」
「ん、何?」
「大体私に喧嘩売ってんのっ!?」

言葉と同時に放たれた右ストレートを受け止める。
格闘技を習っているわけでもない細い菖蒲の腕とはいえ、その拳は鋭く重い。

「欠伸したときの涙を拭う仕草が綺麗だったから惚れたなんて、私に失礼よっ!」

さらに繰り出された左フックも受け止める。
顔に似合わず乱暴な彼女の瞳は少しだけ潤んでいた。
言いたいだけ言って俯いた菖蒲に、俺は一つため息をつく。

「……他の理由ならいいんだな」
「え……?」

菖蒲の部屋の玄関の戸に右手を繋ぎとめる。
左肩にかけていた通学鞄が鈍い音を立てて落ちた。
吐息が触れるほどの近さで、彼女と視線を合わせる。
こんな状況でも煌めいて強い意志を持つその黒檀の瞳に自分の気持ちを告げた。

「好きだから、好きだ」

理由にも何にもなっていないそれに、彼女は呆れたように微笑む。
降参したのか俺の肩に頭を乗せて菖蒲は、盛大にため息をついた。

「もう……あんたって訳分かんない……」

何が可笑しいのかクスクスと笑う菖蒲は、涙を拭うその仕草の数倍美しかった。







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*あとがき*<要反転>

恋愛小説って難しーい!
久々にそう思わされたこの「秋の菖蒲」(タイトル単純)。
でも、書いているときはすごくノリノリでした。
年下女子高校生×年上サラリーマン。
絵を描くなら、スーツと制服。素敵過ぎる!
書きたいものは書けたから、満足。以上!
<2周年ありがとうございます!>

2007.10.06