秋の菖蒲(あやめ) コンビニ編<2>




「本当にいた……」
「……もちろんだよ。お疲れ様、菖蒲ちゃん」

コンビニの制服からセーラー服に着替えた菖蒲を迎える。
労いの言葉をかける俺に、菖蒲はスッと缶コーヒーを差し出した。

「はい、コーヒー」
「……ありがとう」

受け取るときに菖蒲の手に少しだけ触れてしまう。
俺の冷たさにビックリしたのか、菖蒲はビクッと身体を硬直させた。

「あんた……馬鹿正直に外で待ってたの?」
「え、うん。そうだけど」

店の中にいたら、菖蒲の気が散るんじゃないかと思って外に出た。
だけど、その何かが癪に障ったのか、菖蒲は眉をしかめる。

「……だからあんたは嫌なのよ」
「え……?」
「ほら、帰るんでしょ? 行くわよ」

ぼそっと呟いた言葉を聞き返した俺に、菖蒲は背を向けた。
その素振りに従い、肩口で切り添えられた黒髪がさらりと揺れる。

「菖蒲?」
「……」

真っ白なマフラーに指定のコート。
黒檀の髪の隙間から見えるその耳はまるで林檎のよう。
どうやら菖蒲は照れているらしい。

それに思わず頬が緩む。
俺にこんな表情をさせられるのは、世界でただ一人菖蒲だけだ。

「ねぇ、菖蒲」
「何よっ!」
「……手、つなご」

微笑んでそう言えば、菖蒲は渋々と手を差し出す。
爪が綺麗で華奢なその手をさらい、俺はしっかり握り締めた。
俺のより数倍あったかいそれは、まるで菖蒲そのもののようだった。

「あんたの手、冷たい」
「……まぁ、仕方ないね」
「帰るわよ……」
「うん」

さっさと歩く菖蒲の後ろをついていく。
たまには女性に先導されるのも、悪くないと思った。






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2008.10.08