秋の菖蒲(あやめ) コンビニ編<3>




今日も俺は菖蒲を迎えにコンビニに行く。
一週間のシフト表もこの前ばっちし確保した。
顔がいいっていうのは、時に素晴らしく役に立つ。

「ここは溜まり場じゃありませんので、今すぐどこか他の場所に行ってください!」
「あぁっ? 聞こえないなー」
「だから、他のお客様の迷惑になるんです!」

夜のコンビニ前に高らかに響く声。
確実に菖蒲のものだが、かなり苛立っている。
菖蒲に喧嘩を売った馬鹿を拝もうと、俺は少し先を急ぐ。

「退いてやってもいいぜ。お前が相手してくれるならな」
「……離してっ! 誰があんたたちなんかとっ!!」

煌々と電気のついたそこには、コンビニの制服の後ろ姿と下劣に笑う三人の男。
その内の一人が、菖蒲の細腕を握り締めているのを見て、俺の中の何かがぷちりと切れた。
ずんずんと足音を立てて近づくが、当事者達は全く気づかない。

「ほら、暴れんなって。あっちの公園行こうぜ」
「いやっ、離せっ、離しなさいよっ!!」

そこで俺の名前を呼ばないのが菖蒲らしいといえばらしい。
呼んでくれたらいつだって助けに行くのになんて思いながら、俺はその汚い腕を掴んだ。
突然飛び込んできた腕に、場の視線が全てこちらを向いた。

「……離してやれよ」
「……お前、誰だ?」

まだ腕を掴まれている菖蒲だけがホッとした顔をしていた。
それを見て、俺も安心する。
不穏な雰囲気をだす三人組に俺は向き直る。

「……この子の保護者。迎えに来たんだ」
「今、チョー邪魔なんですけどー。さっさとどこかに消えてくんない?」

俺のことを邪魔者扱いにした上に、慇懃無礼なその態度。
それにプラスして、さっきからチラチラと視界の端に映る他の店員に俺の堪忍袋の尾が切れた。
絡まれている菖蒲を助けずに高見の見物をしていたそいつらも。
俺の許可無く菖蒲に触りやがったこいつらにも頭にきた。
機嫌が低下し、自然俺の瞳はどんどん冷たくなる。

「……俺が優しくしてるうちにそいつを返せ」
「なっ……そいつは俺たちの獲物だぞ! 邪魔すんなっ」

鋭く睨みつけると、三人組は後ずさった。
弱いくせによく吠えるのは、犬も人間も変わらないんだなと、どこか冷静に思った。
瞳はそのままにして、俺は微笑した。
それを見て、三歩後ずさる三人組にクスリと笑う。

「なぁ、知ってるか?」
「……」
「今、この携帯、警察に繋がってんだ」
「……っ!? おい、帰るぞっ」

警察という単語に血相を変えた三人組は、蜘蛛の子を蹴散らすように去っていく。
簡単に喧嘩を売る割に根性のない奴らにため息をつく。
普段しないことをして、何だか肩がこった。

「……ったく、最近のクソガキは」
「……」
「大丈夫か、菖蒲」

さっきから一言も発さない菖蒲の目の前で手を振った。
反応はないが、まばたきをしているという事は、まだ生きている。
それに改めて安心した。

「おーい。菖蒲ちゃーん」
「……聞こえてるわ」
「……なら、返事をしろ」

てっきり俺は、目を開けたまま気絶しているのかと思った。
菖蒲ならそういう器用な真似も簡単にやってのけそうだ。
正気を取り戻した菖蒲は首を傾げて、きょとんとしていた。

「ねぇ、あれって本当?」
「え、何が?」
「……警察に繋がってるって」

菖蒲の言葉に、俺は硬直する。
こんな所に信じている人がいるなんて思ってみなかった。
何たって俺は、やつらに自分の携帯を見せてすらいないのだから。

「あー、あれははったりだ」
「……はったり?」
「真っ赤な嘘だってこと」

三人組が単純バカでよかった。
じゃなきゃあんな嘘、小学生でも引っかかる訳がない。

「じゃあ、二人して危なかったんじゃないっ!」
「いいじゃん、勘違いしてあっちが逃げてくれたんだし」
「そういう問題じゃないでしょっ!!」

怒鳴り散らす菖蒲にさっきのしおらしさは嘘のよう。
元気いっぱいにプリプリと怒っていた。
それを見て、俺は可笑しくて笑う。
そんな俺に菖蒲は拗ねたように唇を尖らす。

「……馬鹿みたい」
「え?」
「あんたのこと、ちょっとカッコいいって思った私が馬――っ!?」

菖蒲から聞いた初めての褒め言葉に、俺はその身体を思わず抱きしめた。
腕の中で暴れる身体にさらに力を入れる。
俺より高い体温が触れたところから浸透してきて、ひどく心地よい。

「わー、どうしよ。菖蒲、超可愛い」
「……離せ、変態」
「ヤダ……お持ち帰りしていい?」
「……バイト中だからダメ」

今すぐに帰って可愛い菖蒲を堪能したかった。
でも、菖蒲がバイトを優先するのなら、俺は彼女の意思を尊重するよりなかった。

「じゃあ、バイト終わったら。ね?」
「……ヤダ」

ドスっとわき腹に決められたパンチ。
照れ隠しに殴られたそれの痛みはどこか甘く。
真っ赤な耳にキスをして、俺はその身体を離した。







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*あとがき*<要反転>
これでもまだ恋人同士じゃないですよ。
彼らはすっごくスローな付き合いをしています。
だって、菖蒲は奥手だし、秋斗は変態という名の紳士ですから。
無体は働かない、はず?
前回に比べて菖蒲は少しだけ素直になったかな?
今回も書いていて楽しかった。うん、満足♪ ではでは。
<3周年ありがとうございます!>

2008.10.09