35.魔法
「見て、見て、見てぇー」
「どうしたっ……うわっ」
「へへへー、重いだろー」

オニューのワンピースを着こんで鷹ちゃんの背中にダイブする。
うめき声があがった気がするけど、そんなの無視。
鷹ちゃんの生命の危機より大切なことがわたしにはあるのだ。

「ほら、美弥。降りろ」
「じゃーん! どう、どう? 可愛いでしょっ!」

おろしたてのワンピースは水色で、ミニスカート。
タートルネックの首元には、蝶々結びの白いリボン。
大きなひだの隙間から、水色と白のチェック模様が見える超掘り出し物だ。

見つけた瞬間、わたしに絶対に似合うと思った。
そして、さっき鏡を見て、確信を深めた。
あとは、この年上の恋人に褒めてもらうだけだ。

「あぁ、可愛い」
「……もっと言って」
「可愛いよ、美弥」

鷹ちゃんの『可愛い』には、きっとわたしにだけ効く薬が入っているに違いない。
例えば、『赤面煽り薬』とか、『気分高揚薬』とかそういう類のものが。
だって、じゃなきゃ、こんなに嬉しくて、こんなに恥ずかしい気持ちは何なんだ。
黙り込んでしまったわたしの顔を見て、鷹ちゃんは微笑みをいっそう深くする。

「……よく似合ってる」
「へへっ、嬉しいなぁー」
「……可愛い」
「もっと」

言われた回数だけ、きっとわたしは可愛くなれる。
可愛いは魔法の呪文。女の子だけの特別なのだ。

(08.08.08)




36.アイス
「今年も彼氏できなかったなー」

あたしの独り言が、広い平屋に響く。
突き抜ける田舎特有の緑香る風。蚊取り線香の匂い。
セミが鳴く声が少ない。それに夏の終わりを思った。

棒アイス片手に縁側に座るあたしの背後、ばぁーちゃんはせっせと繕い物をする。
妙に背筋の伸びた老人らしからぬ自分の祖母に、さっきの独り言は届かなかったようだ。
振り返ってそれを確認し、あたしはまた話しかける。

「ねぇ、ばぁーちゃん」
「……何かしら?」
「どうしたら、彼氏できるのかなー」

今度はちゃんと返答があった。
聞いていないわけじゃなくて、無視していたのか。
祖母のクセに孫の愚痴すら聞いてくれないなんてひどい。

「そんなの自分で考えなさい」
「意地悪ー、性悪ー、分かんなーい」
「……亜子」

冷たく突き放され、あたしは拗ねる。
それに作業の手を止め、ばぁーちゃんは呆れた表情をした。
毎日きちんとお化粧をしている綺麗な顔が歪む。
今現在スッピンのあたしとは大違いだ。

「待ってるだけじゃ男は来ないよ。自分の足で見つけに行きなさい」
「面倒くさーい」
「……ったく、誰に似たんだか」

このばぁーちゃんは、若い頃は相当美人だったらしい。
何たって老いてしまった今も綺麗なのだ。
引く手数多だったのだろう。容易に想像できる。

そんなばぁーちゃんが男を待ってるなんて想像つかない。
どちらかと言うと、男たちがばぁーちゃんの話し相手の順番を待ってるほうがしっくりくる。
少なくとも、あたしには群がる男はいない。
たくさんの男なんて面倒だから、むしろそれでいい。

美人で優しくて、頼りがいがあって格好いい祖母。
面倒くさがりでぐーたらで平凡なあたしとは似ても似つかない。
それでもあたしは、この祖母が大好きだ。

「ばぁーちゃんじゃない?」
「あらあら、この子は……」

似ていたらいいと思う。いつかこの人のようになれたらと。
幼かった頃から、あたしの憧れの人。
あたしが男にあまり興味を持てないのは、男なんかより数段カッコいい、この祖母のせいかもしれない。

「来年もいらっしゃいな」
「……彼氏ができなかったらね」
「ふふ、なら来るわね」
「もー、失礼だなぁ!」

祖母の言うとおり、また来年もここに来ることになるだろう。
来年の夏までに祖母よりもカッコいい男を捜すなんて無理だ。
でも、それでもいいかなんて思ってしまう。

そうして、今年の夏も終わっていくのだろう。
少なくなったセミの鳴き声と共に。

(08.08.30)




37.眩暈
廊下の向こう。数十メートルの地点がうるさい。
その音に確信する。

今日も会える。喜びに胸が高鳴る。
友人とギャーギャー騒ぎながら歩く彼と、一人無言で歩く私。
そのすれ違いざまにふわりと香るあの匂い。

クラクラさせられる。一瞬だけ意識全てを持っていかれた。
眩暈のような、陶酔のような、心地よい倦怠感が訪れる。
何の香りかも分からないのに、ひどく安心した。

いつもこの廊下を通ること。人の中心にいること。
私が彼について知っているのはそれだけ。
名前も科も、それどころか生徒かどうかも知らない。
でも、私は他の情報は必要ないと思っている。

その匂い。私に眩暈を及ぼすその香りだけ。
私が欲しいのは、それだけ。

(08.07.15)




38.流星
「馬鹿な男……」

ポツリと零れた声は、暗い部屋よりなお昏い。
それを自覚し、自分が落ち込んでいることを知った。
思った以上にダメージは大きかったらしい。

部屋の中央、横たえられたそれを見て、私はため息をつく。
近づきたくない。でも、近づきたい。

手を伸ばせばすぐ届く木製の箱。
その中には、男の姿があった。

「私を守って死ぬなんて……」

触れた頬は冷たい死人のもの。
頭では分かっていても、理解できていなかったことが重く圧し掛かる。
守るといった言葉通りに私を守って、そして逝ってしまった人。

「ほんと、おバカ……」

もう声が聞けない。もう目は開かない。
涼やかに私を好きだと豪語するあんたには会えない。
どれだけ後悔しても、どれだけ願ったとしても、笑顔を見ることはできないのだ。

閉じた瞳。組まれた両手。
真っ青な唇に触れる。

「でも、そんなあんたが好きだった」

あんたがやったこと、到底許せることじゃない。
私を置き去りにして逝ったこと、悔しすぎて言葉にならない。
でも、きっと私を助けて死んだことを、あんたは後悔してなんていないのだろう。
私を助けられて幸せだったと笑うのだ。

それなら私は、助けられたことを後悔すべきじゃない。
許せなくても受け入れて、前に進むべきなのだ。

「……言えなかった。ごめん、伝えておけばよかった」

大好きだったあんたの大好きな身体。
あと数時間もすれば、葬儀場に移る。
死に化粧された額にキスを落とす。

「おやすみなさい、一。……いい夢を」

せめて夢の中では、私との穏やかな日々を。
窓から見える空。流星群に、そう願った。

(08.09.20)




39.扉
「緊張してる?」
「……さぁ?」

時間までに心を落ち着けようと座っていた私の背後。
大きなドアからかけられた声に、私はそっけなく返した。
その言葉に、可笑しそうに苦笑する彼に振り返る。

「ったく、君はこんなときまで意地っ張りだなぁー」
「余計なお世話。優こそ緊張してるんじゃないの?」
「……バレた? うん、少しね」

にっこりと余裕の笑みを見せる優が、本当に緊張してるなんて思えない。
でも、全然平気そうなのはポーズで、実は慌てているのかもしれない。

何を隠そう、今現在、私は必死に平静を取り繕っている。
彼がそうでないわけがない。誰よりも見栄っ張りで、私よりもカッコつけ。
あがり症なところまで似ている私の片割れが、緊張していないはずがない。

私がその確信を持って優を見ると、視線に気づいたのかバツが悪そうな顔をした。

「しょうがないよ。だって、一生に一度だもん」
「……一度だけ?」
「うん、僕は君から離れるつもりなんてないけど」

突然のカウンターパンチ。
正面に回った優の姿を、呆然としたまま追う。
私の前に跪いて、視線を合わせる優に我にかえった。

目の前にいるこの人は、日常の隙間を縫うように、唐突に私の欲しい言葉をくれる。
私はそんな彼に何を返せるだろう。何をしてあげられるのだろうか。
もらうばかりの私が彼にしてあげられることはあるのだろうか。

「君は違うの?」
「……いいえ、離れない」

私の珍しくも素直な返答に、優は満足そうに微笑んだ。
その笑みは、どうしようもなく私を幸せにする。
心がほっこりして、すごく甘やかな気分になる。
その度に何度も自覚する。

私は、目の前のこの人に心底惚れている。
世間で言う『首ったけ』という奴なのだろう。
メロメロで、ベタ惚れで、恋の病も真っ只中なのだ。

そんなことは恥ずかしくて、とても本人に言う気にはなれない。
言ったら喜ぶのは目に見えてる。それは何か癪だ。

「ふふ、だよねー。君、僕のこと大好きだし」
「……あなただって」

悔しさから滲み出た言葉に、優はまたクスクスと笑う。

そうやって笑う彼だって、私のことが大好きだ。
その惚れ様は、当事者の私も驚くほど。
目に入れても痛くないぐらい好きらしい。

自意識過剰なんかじゃなくて、事実。
だからこそ、愛おしくて困るのだけれど。

「ほら、時間だよ」
「……えぇ、行きましょ」

差し出された手。不安すら吹っ飛ばす私の大好きな人。
おとなしく手を重ねた私に、優は嬉しそうに目を細めた。
それを見て、私も微笑み、鏡台に置いたブーケを手に取った。

(08.08.30)




40.指
「それ取って」
「あっ、はい……これ」
「ん、ありがと」

カシャカシャと軽快にボウルの生クリームを泡立てる先輩。
それは惚れ惚れするほど手際よく、一切の無駄が省かれていた。

液状だった生クリームが、先輩の手に掛かるとすぐに固形化する。
わたしが電動泡立て器を使うより断然早い。
それが悔しくてたまらない。

わたしも上達して、早くクリームを作れるようになりたい。
今みたいに簡単な雑用じゃなくて、いつか一人でケーキを任せられるようなパティシエに。
そうなったら、先輩と仕事がしたい。

「砂糖」
「あ、はい」

渡した砂糖を少し多めに入れて、また泡立てる。
その腕のどこにそんな俊敏さがあるのか疑うほどに先輩の腕は細い。
けれど、その腕で先輩はあっという間にクリームを作り上げた。

泡だて器を持つその手でクリームを一掬いし、味見をする。
赤い舌が指をなめるその動作は、何度見ても目を奪われる。
クリームを味見しているだけなのに、それはひどくわたしを誘う。
心臓が一度だけ大きく跳ねる。その音はわたしの呼吸を根こそぎ奪った。

「よし、次やるぞ。ちゃんと見てろよ」
「……はい」

話しかけられて、やっと戻ってくる空気を多く吸う。
ドクドクと耳元で血液の流れる音が聞こえた。

恋じゃない。でも、恋をしたときに似てる。
そんな先輩との日々。

(08.07.15)




41.おとぎ話
一番好きなおとぎ話は何?
幼い頃にその質問をされた私は『人魚姫』と答えて、周囲を驚かせたものだ。
何を思ってそう答えたのか分からないが、今聞かれても同じ答えを出すだろう。

人魚姫のように好きな男の幸せを願って海に消える。
そんな女になりたかった。

他の童話のヒロインみたいに、好きなだけで全てが上手くいけばよかった。
シンデレラや白雪姫みたいに、ハッピーエンドを迎えられたらよかった。

『そして、二人は末永く幸せに暮らしました』

そんな終わりを目指していたはずなのに。
私たちのストーリーは、幸せなまま幕を引くはずだったのに。

どす黒い赤が視界を埋める。
フローリングの床にピチャピチャと何か液体が落ちる音がする。
遠くに聞こえたサイレンが現実感から私を乖離する。
手に残る衝撃だけがやけにリアル。

理由は一つで足りる。
嫉妬。それでしかありえない。

結局のところ、私は童話のヒロインにはなれないのだろう。
人魚姫のような綺麗な心で生きてゆくことに耐えられないのだ。
きっとそういう運命。

けれど、その事実は私の心に妙な空洞を作る。
他の何をしても欠けなかった胸の中にわずかな隙間が出来た。

それはひどく孤独で、淋しくて、やるせない。
今もゆっくりと確実に増え続ける隙間に泣きたくなって。

私は持った斧を自分に向けて振り上げた。

(07.07.17)




42.奇跡
「晶さん……」

呼んでも答えが返ることはない。
無駄だと分かってはいるが、何度も繰り返してしまう。
死人に口なしとはよく言ったものだ。

生き物にはすべからく死が付きまとう。
いつかは死ぬと分かっていたはずなのに、解っていなかった。

あなたが病気だっただなんて、私は知らなかった。
死んで初めて、あなたが重い病気だったことを知った。
秘密にされていたことを思えば、苛立ちが募る。

でもきっと、あなたは私を無闇に心配させたくなくて、秘密にしていたのだろう。
不器用な優しさで、最大限に私を気遣った。

そんなあなたに心がほっこりする。
やるせないのに、どうしても和んでしまうのだ。

そうやって思い出しては、寂しくなる。
覚えている記憶は、すべて輝いて見えて、すごく切ない。
今すぐに、あなたに会いたくなった。

私の手元には、唯一あなたの遺した天青石。
清涼なブルーの美しい、天国のクリスタル。
ピアスに加工されたそれをを見て、いつだって思い出してる。

窓辺の小皿の上、降り注ぐ月光に照らされ、それはキラキラと光っていて。
確かにもうあなたはいないはずなのに、その石はあなたのよう。
大丈夫だよ、平気だよって慰められている気分になる。
いつかの、あの日のように。

天青石は願いを叶えてくれる石ではないけれど、願をかけたくなった。
もし願い事が叶うなら、私はあなたに会いたい。
奇跡がどうか起こりますようにって、何度でも祈る。

永遠を、神様を信じてみたいから。必ず生まれてきて。
待ってる。あなたがまた生まれてくるのを。
世界の彼方で、いつかまたあなたに会えるのを待っている。

伏せた瞳。柔らかく差し込む月明かり。
窓際の天国の名を持つ石は、私に微笑むように淡く光った。

<30.夢に続く>

(08.09.28)




43.海
「ほら、起きて」
「ん……あと、5分……」
「ほら、遅刻しちゃうよ。起きて」

布団にくるまって、中々起きない彼にため息をつく。
汗をかいたのか、額に張り付いた黒髪を指でどかした。

大学まで2時間かかるというのに、彼はいつもギリギリまで寝ている。
それをどうにか起こして、きちんと学校に行かせるのは私の役目だった。

何度もやっているので最近はコツも掴めてきたが、結構骨が折れる。
低血圧で寝起きの悪い彼は、ちょっとやそっとじゃ起きないからだ。
粘り強く、根気よく、声をかけ続けてようやく覚醒する。

今日もかれこれ10分以上話しかけていた。
このまま彼に付き合っていたら、私の登校時間も危うい。

お化粧はもちろんのこと、髪の毛もちゃんと梳かしたい。
最低限の身だしなみをするべく、私はベットから距離をとる。

「私、下降りるからね」
「……なぎ……」
「えっ、ちょっ、かいとっ――!?」

手をとられ、引きずり込まれる。
少しだけ体温の移ったシーツと覆いかぶさる身体に、思考が停止する。
抱き込む力は寝起きのわりに強く、私の混乱を助長した。

記憶がフィードバックする。
あれは何時のことだったのだろうか。

カチッとまるでジグソーパズルのピースがぴったり合わさったみたいに。
もしくは、時計がただ一秒間を告げるために刻んだ音のように。
抗いようもなく恋に落ちた。

その瞬間、この身を支配したいのは喜びなんかじゃない。
海よりも深い絶望だ。

あれほど気をつけていたのに。
あれほどこの人にだけは恋なんてしないって思っていたのに。
こんなにいとも容易く、坂を転げ落ちるように恋にはまってしまうなんて。

あぁ、もし恋愛の神様がいるのなら、そいつはサディストに違いない。
だって、不毛すぎるではないか。
よりにもよって好きになったこの人は、兄なのだから。

「は、はなしてよ……」
「……お前、抱き心地いいな。人形見てぇー……」
「……兄さん……」

寝ぼけた兄は、すりすりと嬉しそうに私の肩口に頭を擦り付ける。
ふわっと薫る私と同じシャンプーの匂い。
そんな些細なことがどうしようもなく嬉しい。

「……お母さん来ちゃうからね。ほら、離して」
「……凪」

高鳴る胸。
突然呼ばれた名前に、こちらを見つめる真剣な瞳。
私は身動きが出来ない。

近づいた兄に身を固くする。
胸元に埋められた頭。一瞬の痛み。
何をされたか理解して、私は飛び起きた。

「っ……! 何して……」
「ん〜。証、かな?」

悪びれもせずに云う兄を思わず睨みつけた。
きわどい部分に残る赤い痕は、紛れもないキスマーク。
顔が火照るのが分かる。

「さぁーて、起きるかな」
「……」
「ほら、起きるぞ。おはよう」
「……おはよう、兄さん」

思い切り伸びをする兄につっけんどんに言い放つ。
私を試すような視線に負けて、目を逸らした。

この人は、私の気持ちを知っていてこんなことをするのか。
兄を好きになってしまった私の苦しさなんて知らないくせに。
こんな生殺しみたいなことをして、私を振り回す兄なんて嫌いになりたいのに。

それは出来ないのだ。気づいてしまったからには自覚せざるを得ない。
この毒みたいに甘い気持ちは、止まらない。肥大する一方だ。
恋愛の神様は、やはりひどく嗜虐的なのだろう。

ベットに座り込む私の前に、手が差し出される。
それに躊躇した私の腕を、兄は強い力で引き上げた。
途端、収まる身体。私は目を瞑る。

「違うだろ? 海人だ、凪」
「……海人」
「よくできました」

解放され、頭を撫でられる。それに安心した。
艶めいた出来事とはどこまでも遠い兄妹の触れ合いが、さっきの行為の異質さを浮き彫りにする。

兄の意図は分からない。
どうして私にあんなことをしたのか分からない。
寝ぼけていたと言われればそれまでだ。

でも、私は嬉しかった。恥ずかしくなると同時に、喜んでいたのだ。
白い肌に赤く咲いたひとつの華。泡沫の愛の傷。
消えなければいいと、そう思った。

(08.09.14)




44.うなじ
「不安かい……?」
「……ううん、不安なんてないよ」

強い力で抱きしめられてるはずなのに、どこか足元が覚束ない。
『不安』なんて言葉じゃ足りないくらいに心細い。
二人でいるのに、私はひとりぼっちだ。

「……君は、嘘が下手だね」
「……」
「そんな不安でいっぱいですって顔をしているのに、誰が信じると思う?」

目の前には貴方がいる。
それは確かなのに、どうしても淋しさが消えない。
心にぽっかり穴が開いたみたいだ。

「愛してるよ」
「……ホントに?」
「うん、本当……」

あぁ、この不安感の原因が分かる。
貴方の言葉には、心がこもっていない。
いくら愛を囁かれても、それに真剣さが足りない。

私は、その言葉をどれだけ信じていいのだろうか。
そうやって、何度も疑ってしまう。
どうせ嘘を吐くなら、もっと上手くついて欲しいのに。

「いいか?」
「……うん、いいよ」

返事と共に、意図を持ってうなじを撫でる手。
途端、粟立つ体に唇をかむ。

考えを奪うような行為に、いつも誤魔化されてしまう。
どれだけ嫌だと思っても、逆らえない。
そうして、溺れていく。

(08.07.30)




45.はな
「はな」
「えー、なぁに?」

トコトコトコと、短い足を動かして、近づいてくるはな。
その様子はすごく危なっかしくて、俺は気が気じゃなかった。

ようやく俺の元にたどり着いたはなを、膝の上に乗せる。
見下ろすはなは、首をかしげて俺が何かするのを待っていた。
別にこれといった用事があって呼んだわけじゃない。
何かないかとポケットをまさぐると、ミルクキャラメルが2個出てくる。

「食うか?」
「うん、くう!」

嬉しそうに頬を上気させて、大きな目をキラキラさせるはなは、見ていてとても可愛い。
文句の付け所もなく可愛い。
あーダメだ。思わず犯罪に走りそうだ。
男の大半はロリコン属性があるって噂、今なら信じられるかもしれない。

「あーんしてよ、きょーちゃん」
「……ったくしょうがねぇー」
「あーん」

包み紙をむき、大きく開けた口の中に放り込む。
何度か噛んで柔らかくなったのか、にこりとはなは笑った。
それはもう俺の理性をぶっ飛ばすような超絶可愛い笑顔で。

「えへへ、きょーちゃんやさしー」
「……ほら、さっさと昼寝でもしろ」
「はぁーい」

俺のあぐらから抜け出し、パタパタと廊下を駆けてゆく。
その背中を見送り、俺はこれからを思ってため息をついた。

(08.08.08)




46.思い出
「あー、部活の後のこの一杯。うまいっ!」
「……お前はオヤジか」
「オヤジでも何でもいい! やっぱラムネは最高だね」

立ち上がったまま、腰に手を当てて瓶をあおる。
よく効いた炭酸。喉を通るスカッとしたラムネに微笑む。
部活後の冷えたラムネは、使いすぎた筋肉に染み渡った。

「大体そんなの何処に隠してたんだよ」
「え? 保健室の杉本のところ」
「……あの若作りじじい」
「若作りなんかじゃないよー。実際若いし、話も分かる!」
「ふーん……」
「何よりあたしのラムネを冷やしておいてくれるところがいい人!」

毎週月曜日、一週間分のラムネを持って保健室に行く。
そんなあたしに苦笑し、冷蔵庫を貸し与えてくれるのだ。
本当になんて素敵でいい人なんだろう。
辰也にもぜひ見習わせたい。

あたしが満面の笑みでラムネについて語ると、辰也は呆れたように顔を歪めた。

「お前さー、ラムネくれるからって誰にでもついてくなよ?」
「えー、さすがのあたしでもそんなことしないって」
「……どうだか」

肩をすくめ、辰也はあさっての方向を見る。
その態度にカチンと来た。
いくら普段は怒らないあたしでも、ラムネを馬鹿にされちゃ黙ってなんかいられない。

「辰也はあんまりラムネ飲まないからそう言うんだよっ!」
「……」
「このおいしさを知ったら、あたしのことバカにできなくなるんだからねっ!」

腰に手を当てて、言い放つ。
どこか納得していない辰也の表情は、あたしの神経を逆なでする。
こんな子供っぽいことにムキになったのは久々で、引っ込みがつかない。

「じゃあ、貸せよ」
「……はい、どうぞ」

挑戦的な辰也に飲んでいたラムネを差し出す。
一気に瓶を煽った辰也の喉がコクリと鳴る。
その様子を目を逸らさずに見ていた。

唇の端から飲み損ねた液体が零れる。
軌跡を描いて、それはシャツの隙間に消えた。

「彩」
「え……?」

名前を呼ばれて、意識を現実に戻す。
重なる影。触れる瓶。
流れ込む液体に、温かい感触。
この光景に覚えがあった。

まだお互いに幼くて、恋も知らなかった頃。
戯れのように唇を重ねたあの日。
あたしの中で、辰也が形を変えた。

「あの時も……そうやって味見したんだよね」
「え……」

呆けたような表情で、辰也は徐々に顔を赤くする。
その顔は、前の時とまったく同じもの。
何にも変わっていないことに少しだけ安堵した。

「……覚えてたんだ?」
「……今、思い出した」

目を伏せる辰也はどこか恥ずかしそうで、あたしまで恥ずかしくなる。
初めてじゃないけど、初めての感覚のそれは、鼓動を早くする。
ドクドクと激しく胸をノックする心臓の音がうるさい。

「……キスされて、何とも思わなかったんだ?」
「だって、本当にただの味見だと思ったんだもん」
「……悩んでた俺がバカみたいじゃん」
「ごめん、ごめん」

言い訳をして、いい加減な謝罪をする。
見上げた辰也は、あたしを見てすぐ目を逸らした。
それに首を傾げる。
どうして目を逸らされるのか分からない。

ゴホンとわざとらしい咳払いをして、辰也はあたしと視線を交わす。
その真剣な表情に、あたしの気も無意識に引き締まった。

「で、今は?」
「うん……?」
「……今もただの味見だと思ってる?」

あたしを見つめるその瞳は、透き通っていて吸い込まれそうになる。
射すくめられて反射的に頷いてしまいそうだ。
けど、あたしにはすぐには頷きたくない理由があった。

唇をゆるく上げ、挑戦的な笑みを作る。
クスクスと笑いながら、睨みつけるように辰也を見上げた。

「……違うの?」
「お前なー」
「……知ってる」

でも、言葉にして欲しい。
何のために、今まで分からない振りをしてきたと思っているのか。
それが欲しくて、でも自分で言うのは恥ずかしくて。
あたしは辰也が行動するのを待っていたのだ。

「言って。辰也の口から聞きたい……」
「  」
「……上出来」

頬を真っ赤に染めた辰也にクスリと微笑む。
抱きついた身体は、部活後だからかとても汗臭い。
でも、馴染みの深いそれがあたしは好きだった。

こちらを伺うように回される手。
そんな動作にどうしようもなく笑いたくなる。
頭ひとつ高い辰也の頬に片手を添える。

「おいしかったでしょ?」
「……聞くまでもない」

最後の抵抗とばかりに目を逸らす辰也に笑って。
噛み付くようにキスを仕掛けた。

(08.09.25)




47.本気
「ごめん、先生……」
「……ったく、お前はホント手のかかる奴だよ」

コンロにかけたやかんが沸騰したのか、音を立てる。
それを手に取り、封を開けたそれに注ぐ。
湯気の立つ『はるさめヌードル』を、毛布に包まって膝を抱えるそいつの前に出す。

「ほら、食え」
「え……でも」
「戦うんだろう? なら、食べなさい」

自分の分を手に取り、正面に座る。
箸を割って、蓋の上に置いた。
行儀悪くも肘をついて、出来上がるのを待つ。

「いざというときに、力が出ないと困るだろ?」
「……うん」

おずおずと手を出すそいつに、割り箸を渡す。
俺は苦笑して、自分のを手に取った。

「なぁ、飯田」
「……はい」

蓋を開けると、食欲をそそる良い匂い。
自然とゆるむ頬。
久々の食べ物にお腹がすいたのか、飯田も箸を持つ。

「今のままのお前で十分だ。だから、無理に痩せようとするな」
「だって……」
「貧血起こしてまで、ダイエットしてどうする?」
「……」

俺の指摘に黙り込んだ飯田に、ため息をつく。

どうしてどいつもこいつも、女は痩せたがるのか。
少しぐらい肉がついていたほうが、俺は嬉しい。
ガリガリの女なんて抱きしめていて、何が楽しいのか分からない。

飯田は、ズルズルーッと特有の音をだしてヌードルを食べた。
その顔はとても嬉しそうで、心底美味しいと思っているのだろう。

「それに、お前の彼氏は、痩せてないと嫌だなんて言う心の狭い奴なのか?」
「違います、けど……」
「なら、する必要ないだろ。ちゃんと食べなさい」

視線を逸らす飯田に、クスクスと笑う。
素直じゃない俺の生徒は、そんな俺を無視して食べ続ける。
それを一瞥して、俺も箸を進めた。

決して濃くないスープ、適度に伸びたヌードル。
申し訳程度に入っている具を食べ終わる。
常時、消毒薬の棚の下に隠しているそれは、俺と飯田だけの秘密だった。

ハンカチで口を拭く飯田と視線が交じる。
いつものように手を合わせ、二人同時に言い放った。

「「ごちそうさまでした!」」
「はい、よく食べました」

空になった容器を重ね、流しに持っていく。
その間に身支度を整えた飯田に脇においてあった鞄を渡した。

「ありがと、先生」
「……どういたしまして」

細い身体。ぼさぼさの長い髪。
泣き腫らした顔で飯田は笑う。

「また来るね」
「……もう来んな」

バイバイと手を振りながら保健室を去る飯田に、俺も手を振り返す。
完全にドアが閉まったのを確認して大きなため息をついた。

「まったく……損な役回りだよ」

突発的な恋愛相談の終了した保健室は、いつもどこか暗い。
それはきっと、俺の憂鬱な気分が空気に溶け出しているからだ。
この最悪な気分を払拭するべく、やかんをまた火にかける。
自分用のマグカップにインスタントコーヒーを入れ、湯が沸くのを待った。

俺は、あいつが、飯田が好きらしい。
大丈夫と痛々しい笑顔で強がるあいつを。
ぐちゃぐちゃの顔で泣き喚く飯田を、何度抱きしめたいと思ったか。

そのたびに奥歯をかみ締めて、拳に力を入れた。
こんな気持ちは嘘だと否定して、自分を戒めた。
それを否定しなければいけないことが、深みに嵌まっていることを証明しているというのに。

彼氏と喧嘩したと飯田が言ったとき、俺はチャンスだと思ったのだ。
弱みに付け込んで、優しい振りをして、距離を縮めるのにふさわしいと。
そんなことを考えた時点で、もう戻れない。
あんな年下相手に、本気になるなんて馬鹿げてる。

「……最悪だ」

敵に塩を送ってしまった。
生徒を好きになってしまった。仮にも教師である俺がだ。
本当に最悪としか言いようがない。

でももう、自分の中で、気持ちは固まっている。
本気になる気になった。手加減なんて、しない。

「逃げんなよ、飯田」

クスリと笑った俺の手前、湯気を立てたやかんが、ピーッと音を立てた。

(08.09.13)




48.嫌い
「ほらよ」
「わーい、手料理だぁ。超久々だよね?」

ドミグラスソースのたっぷりかかったハンバーグ。
時間をかけてひたすらにこねた合い挽き肉は、見ただけで分かるくらい弾力がある。
添えられた人参の甘煮と茹でたブロッコリーが目にも鮮やかだ。
今日の出来も完璧。俺はその結果にひとり満足する。

自分の前に置かれたプレートを見て、千佳はニコニコと嬉しそうに笑った。

「いっただきまーす!」
「はい、召し上がれ」

手を合わせて、ナイフとフォークを持つ。
器用に切り分けて、口元に運ぶ千佳のマナーは全く隙がない。
こんな狭くて、汚い俺の部屋で披露されるには何とも惜しい。

何たって、本当のお嬢様のマナーだ。
幼少期から習っていることだから、どうしても体が覚えてるとは千佳の言葉。
忌々しそうに、そう呟いたのを思い出す。

俺はマナーぐらい覚えておいて損はないと思うんだが、千佳には言わない。
不機嫌になるのは目に見えているからだ。

「んーーっ、美味しぃ〜」
「それは良かった」
「恵吾の料理、最高。もう太ってもいい! 幸せ!」

こっちが照れるくらい、千佳はそれはもう美味そうに食べる。
うっとりと恍惚に頬を染め、ハンバーグを口に運ぶ。
パクリと食いつき、目尻を思いっきり下げる様は、本当に幸せそうだった。

けれど、その楽しそうな表情が曇る。
プレートに乗ったブロッコリーをフォークで突き刺して、俺の前に出した。

「ねーブロッコリー避けていい? あたし、これ嫌ーい」
「こら、好き嫌いは良くないぞ」

不意打ちだったために避けきれず、無理やり口に含まされる。
程よいかたさに、しょっぱ過ぎない味。
今日も変わらず美味いブロッコリーは、まだプレートに2つ残っていた。
それを行儀悪くもツンツンと突く千佳は、心底嫌そうに視線を注ぐ。

「だって、美味しくないんだもん」
「まぁ、甘くないけどさ、食べられるぞ」
「うぅー嫌いなんだもん」

極度の甘い物好きの千佳は野菜があまり好きでないらしい。
でも、俺の料理を食うようになってからは野菜嫌いも直ってきてはいる。
食べていたハンバーグには、千佳の苦手な野菜を摩り下ろして入れてあったりするのだ。
もちろん本人には内緒だが。

食べなきゃダメかと目で問うてくる千佳に、俺は厳しい顔をする。

「嫌いってさ……」
「え?」
「その言葉、俺は好きじゃないな」

嫌いという言葉は、何だか強すぎる気がするのだ。
その物の全てを否定しているようで、俺はあんまり好きじゃない。

まっすぐと千佳の目を見る。
俺の視線にたじろいだのか、千佳はそのまま俯いてしまう。
それに悪いなと思いつつも、やめることはしなかった。

静寂が続く。俺がナイフを動かすカチャカチャという音が響く。
無言の圧力に負けたのか、千佳の顔がゆっくりと上がる。

「……ごめんなさい」
「いいよ。ほら、食べよう、な?」

謝って頷き、千佳はフォークのブロッコリーを食べる。
苦かったのか唇を尖らせる千佳に、今度は甘いものを作ってやろうと思った。

(08.10.23)




49.好き
ブルブルブル

ポケット内で震えたケータイを手に取る。
反対の手を使って、鍵を開ける。
真っ暗な玄関に、誰が聴いているとも知れない『ただいま』を響かす。
ブーツを脱いで、廊下を歩く。

開いたケータイには、未読メールが一件。
買ってきたコンビニの袋をテーブルに置いて、メールを開いた。

『タイトル:こんばんは』

そのタイトルだけで誰だか分かる。
自然、頬が緩むのをどうにか堪え、袋から弁当を取り出した。

今日の晩御飯は、野菜たっぷりの幕の内弁当。
普段食べているものより、少しだけ奮発してしまった。
明日は倹約しなきゃと思いつつ、弁当をレンジにかける。

一分三十秒に設定して、扉を閉めた。
電子音と共に回り出す庫内を一瞥して、ケータイを見る。

『こんばんは。若葉ちゃん。今日もお仕事お疲れさま。
 スーパーに寄った時にちらっとみた若葉ちゃんは、ちょっと疲れているように見えたよ。
 あんまり無理しちゃ駄目だからね。今日は早く寝ること。いいね?
 それじゃあ、また明日。雅浩』

パタンと音を立ててケータイを閉じる。
それと共に、息を大きく吐き出した。

目を瞑る。浮かび上がる甘い顔。
ひどく心を乱される。

自覚したのはいつの日だっただろう。
気づいたときには後戻りの出来ない深い場所まで落ちてしまっていた。
どうして、好きになってしまったんだろう。

好きすぎて苦しい。
告白を断られるのが怖い。
付き合えても、その内別れてしまうかもしれないのが怖い。
何もしないで他の誰かのものになってしまうなんていやだ。

優しくされても痛い。離れていっても辛い。
恋は、なんて自分勝手で我侭なのだろう。
その感情は凶悪すぎて、いつか私は飲まれてしまうんじゃないかと不安になる。

けれど、手離すことなど出来ないのだ。
好きだと思う限り、私はこの気持ちを捨てることなど出来ない。
思いが募って身体を突き破るまで、いつか歯止めが利かなくなるまで。
『好き』だなんて、絶対伝えないけれど。

ケータイを開く。受信BOXの最新メール。
返信ボタンを押した。

『タイトル:無題
 本文:会いたい。』

たった一言そう添えて、メールを送る。
これを見て、一人慌てればいい。
何気ない一言で振り回されることを知ればいい。
考えすぎて、夜も眠れない私の気持ちを少し味わえばいいんだ。

ケータイの電源を切る。
今日はどんなメールがあっても、もう返信なんかしない。
してやるものかと決意し、棚からお箸を出す。
軽快な音を立てたレンジのお弁当は、ひどく味気ないものに見えた。

(08.10.29)




50.幸せ
「だから、おかしいってば」
「……お前の方がおかしいだろ」

もう二十分も続いている不毛な言い争いを、私はずっと見ていた。
さっきまではキンキンだったドリンクは、すでにぬるい。
冷めたポテトを一つつまみ、口に放り込む。
長いそれをゲットして内心嬉しがった私の耳に、ヒートアップした二人の声が響く。

「絶対あたしだって。いい加減ひいたらどうなの?」
「いいや、俺だね。お前こそ負けを認めたらどうだ?」

大声で怒鳴りあうものだから、この狭いファーストフード店の中で人目を集めている。
その渦中にいる私を、同情の目で見てくる人もちらほらいる位だった。

あくまで相手の意見を認めない二人に、これは長引きそうだと判断する。
そう遠くないレジに財布を持って並ぶ。
その間ですら青少年の主張は終わらない。

「あたしの方が好き!」
「俺の方が好きだってば!」

空気中にさとうきびでも生み出す気かと思う痴話喧嘩に私はため息をついた。
席の方に呆れた視線を寄越す店員に、コーヒーとハンバーガーを頼み、受け取る。
きっちり三人分のカップを争うテーブルに置く。
コンっという音にやっと現実に帰ってきた二人は、ようやく私を見た。

「ねっ、真希。どっちだと思うっ?」
「俺の方がこいつの事好きだよな?」
「違うよ! あたしの方が好きだもん!」

あぁ、不毛だ。そして、私は惚気られているのだろうか。
多分この二人のことだ。無意識なのだろう。
けれど、迷惑だ。今恋人のいない私にとっては毒に近い。

仕方ないなぁと苦笑して席に着く私に、二人は不思議そうに首を傾げた。
その動作はまるで長年連れ添った夫婦のようにぴったりで、また私の笑いを誘う。

「……私、お邪魔虫じゃない?」
「全然っ!!」

同時に否定した二人にクスクスと笑う。

口喧嘩は絶えないが、何だかんだ言って仲良しだ。
それもそうだろう。あと二月後に結婚を控えている。
親友たちの指に嵌まった銀色の指輪は、小ぶりだが良く似合う。

コーヒーを一口含んで、私は頬杖をついた。

「ねぇ、綾子。……幸せ?」
「え……うんっ!」

最初の戸惑いのあと、すぐに頷いた親友は幸せそうで。
その隣で親友をとても愛おしそうに見つめる主と目が合う。
お互い苦笑し、またコーヒーを飲んだ。

二人を見て、こんな幸せな結婚ならしてみたいと思った。

(08.10.20)




アトガキ
<反転してください>

全50話の小話。お気に召したでしょうか?
楽しんでいただけたなら幸いです。

今回、念頭においていたのが『言葉のイメージを裏切ること』です。
良いイメージの言葉なら、悲恋系。悪いイメージの言葉なら、幸せな話を。
それでも、やっぱり思いつかなくて、イメージを裏切れなかったこともありました。
まぁ、力量不足という事で開き直ることにしましょう。

あと、『小道具を使うこと』にも注意して書きました。
小道具を使ったことによって、より物語が楽しくなっていればいいなーなんて。

他には、食べ物の描写を多めにしてみたつもりです。
基本食べたことのあるものしか書けないので、ポピュラーなものばかりになってしまいました。
お題の後半なんて、食べてばっかりですね。
多分、執筆が真夜中のお腹が空いているときだったのが原因です。

何はともあれ、書き上げられて良かったです。
私のお気に入りは、全部と言いたいところですけどねー。
「07.秘密」と「09.永遠」は珍しく書きたいことが書けた気がします。
「34.白昼夢」も密かにお気に入りです。

さて、自画自賛はこれくらいにして。

なんか最近寒いですよねー。終野が思うに、冬は恋人達の寄り添う季節。
どさくさに紛れて、愛しいあの人の手を握ってしまっても平気な季節です(笑)
これを読んでくださっているあなたが、どうか楽しい恋愛が出来ますように。

それではまた、どこかで。

終野真冬

(08.10.29)