アネラ 11.深愛開花




「見て、きょーちゃん!」

大き目の鍋に水をたっぷり入れ、火にかける。
忙しい俺をご機嫌に呼ぶはなに呆れつつふり返る。
スカートのプリーツを翻して、はなは天真爛漫に笑った。

「似合う?」
「うん、似合うよ」

春から通う高校の制服を見せびらかすはなに、俺は気の抜けた返事をする。

あのあとも色々あったが、はなは無事志望校に受かった。
その一報を受けたとき、どれだけホッとしたことか。
点数開示で、合格点すれすれで受かったことを知ったときは思わず顔がひきつったけれど、合格は合格。
卒業式が終われば、はなも花の女子高校生だ。

「この制服、可愛くない?」
「あー、可愛いよ」

高校の制服を着こんではしゃぐはなを見てると本当に受かってよかったと思う。
紺色のセーラーに入った三本ライン、胸元のリボンがはなが動くたびに揺れる。

まな板に向き直り包丁を手に取り、洗った水菜を適当に切っていく。

「あー、受かってよかった」
「おめでとう」

このやりとりも五回めだが、それだけ嬉しいのだろう。
次第にやる気のない返答になっていく俺に気づかないくらい、はなはにやけ顔だ。

「えへへ、私ね……あと5ヶ月で16歳なんだよ!」

生ハムを刻むのに忙しい俺に、拗ねたのか顔を覗き込んでくるはな。
包丁を持ってるそばで突然動かれて、その行動に肝が冷える。

「危ないだろ」
「あ、ごめんごめん」

俺が持っているものをようやく思い出したのか、はなは少し距離をとった。

「で、なんだって?」
「私あと少しで16歳なんだよ。結婚できるよ!」

何を言い出すかと思えば、わざわざそんな分かっていること。
言いたいことは予測できるが面倒で、俺はチーズをカットしながら続きを促した。

「待っててね」
「何を?」
「私。……早く大人になってやるんだから」

この前の約束のことを言っているのだろう。
早くったって、約束の5年後は当分先だ。
今まで十分待っただろうはなが焦れるのも分からなくはない。
でも俺は、そんなに早く大人にならなくてもいいと思っている。

はなには返答せず、俺は淡々と調理を続ける。

パスタを二人分とり、沸騰した鍋に投入する。
フライパンにオリーブオイルをいれ、火にかける。

温まり香りたってきたそこに、さっきカットしたチーズと生クリームを入れた。
次第に煮詰まってくるソースに生ハムと水菜を絡める。

「ほら、そろそろ出来るから仕度しろ」
「はーい」

フォークやコップを出してウロウロするはなを横目に、茹で上がったパスタをフライパンに加えた。
美味そうなチーズの匂い。

はなのリクエストで作った、いつもよりちょっと豪華なパスタ。
器に綺麗に盛って、最後にベビーリーフを乗せて完成だ。

パスタ皿を持ち運び、こたつに早々に入ってるはなの前に置く。

「召し上がれ」
「いただきまーす」

手を合わせフォークを手に持ち、くるりとスパゲティを巻く。
口に含んで咀嚼して飲み込むその顔のとろけそうなこと。
大人になどならなくても、ほらこんなにも可愛い。

「おい、はな」
「ん?」
「愛してるぞ」
「なっ――!?」

パスタが喉につまったのか、はなが苦しそうに胸を叩く。
背後に回り、その背を撫でると、ようやく嚥下できたのか、はなは恨めしそうな目で俺を見た。

「きょーちゃんの馬鹿……」
「思ったこと言っただけだろ?」

息が詰まってたのだろう、涙目で見上げるはなも愛くるしいと思う。

パスタを食べてるときに言うことじゃなかったかもしれないが事実だ。
俺がはなをすきなのは疑いようもなく、前はどうしてあんなに躊躇っていたのか分からない。

もしかしたら、つまらないちょっとしたプライドだったのかもしれない。
こんなに年下の女の子に落とされたなんて認めたくなかっただけかも。
くだらない感情でずいぶん遠回りをしたものだ。

はなの頭をするりと撫で、長い髪の毛を指ですく。
俺の一連の動作にはなは目元を赤く染めた。

「はな?」
「あーーっ、もうきょーちゃんなんてっ!」

突然挙動不審になったはなに驚きつつも、続きを急かした。
言葉にするのが恥ずかしいか、はなの視線がキョロキョロと動く。
それだけではなが何を言いたいのか手にとるように分かった。

「大っ」
「大……?」
「……大好きだもんっ!!」

からかい混じりに聞いた俺の言葉に頬を赤らめ、大声で好意を口にするはなは可愛く。
これからもずっと俺のただ一人の天使なのだろうと思った。






<終>

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2011.12.22