1.

「お砂糖って、どこ?」
「左の棚のダンボールの奥!」

可奈子の言葉に左の棚をあさる。
言われたとおり、白と赤のパッケージのお砂糖がダンボールの奥にあった。
手にとって、量りの上の容器に少しずつ入れていく。

「木ベラって使ってる?」
「あ……ごめん。今洗うね」

突然、可奈子に話しかけられて手元が狂った。
36グラム。30グラムぴったりに合わせるのは難しい。
流しに置きっ放しにしていた木ベラを洗い、布巾で拭く。

台所は現在、阿鼻叫喚の魔窟だ。
甘ったるい匂いが辺りに立ちこめ、私たちの目はギラギラと輝いている。
明日は女の子の戦争――バレンタインだった。

「ねぇ、そのチョコって太一くんにあげるの?」
「……うん。可奈子は? 誰にあげるの?」

私の思い人――太一くん。 頭が良くて、カッコよくて、でもそれを気取ることもないクラスの人気者。
地味で目立たない私なんかが近づけないような雲の上の人なのに、太一くんは私にも優しい。
この前も調理実習で怪我をした私を気遣って、保健室に連れて行ってくれた。
本当に優しい人で、私はそんな彼が大好きだった。

「え……」
「やっぱり、俊介くん?」
「なっ、何言ってるの? どうして俊介なんかにっ……!」

私の指摘に、可奈子は真っ赤な顔で黙り込む。
幼馴染の俊介くんに片思い中の可奈子は、彼の前でだけ意地っ張りで。
俊介くんも、可奈子にだけは意地悪。

お互いに好きで、両思いのはずなのに、いつまでも進展しない二人。
傍から見ている私から言わせれば、『ごちそうさま』な気分だ。

砂糖を加えて白っぽくなった生地を、力いっぱい混ぜ合わせていく。
次第に硬くなる生地を混ぜながら、それに想いを込める。
美味しくなりますように。告白できますように。
そして、気持ちが伝わりますように。

「ねーまだかな?」
「……うん? あと五分だったよ」

可奈子はオーブンの前に陣取り、中を熱心に覗いていた。
その幼い様子にクスクスと笑う。
私が言ったとおり、五分後に鳴った軽快な音楽が、可奈子に焼き上がりを告げる。
素早く開かれたドア。そこから漂う、カップケーキの甘い匂い。

「すっごーい! 綺麗に出来た!」
「ちょっ、そのまま鉄板触っちゃ……」

素手で鉄板を触ろうとして可奈子を止めようと思い、手を伸ばす。
けれど、それはあと一歩のところで届かず、可奈子は鉄板に触った。

「あっつーい!」
「当たり前でしょ! ア、アイシング!」

人差し指を押さえて痛そうな顔をする可奈子の手を取り、蛇口をひねった。
勢い良く押し出される水に火傷した指をさらす。

こんな調子で、明日は大丈夫なのかと心配になる。
けれど、刻一刻と時間は迫ってきて。
早く終わりそうにないこの作業に、私はため息を吐いた。






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2009.02.14