2.
『放課後、4階の空き教室で待ってます』
下駄箱に忍び込ませた呼び出しの手紙。
それの通り、彼はここに来てくれるだろうか。
早鐘を打つ心臓に、静まれ静まれと深呼吸をする。
それでも落ち着くことができなくて、わたしは途方にくれた。
二つ上の秋元先輩は、同じ吹奏楽部の先輩。
頼れる部長で、容姿良し。
性格は俺様で傲慢で少しだけ意地悪だけど、そんな彼がわたしは大好きだった。
メンバーが200人もいるこの部活で、秋元先輩とわたしが仲良くなれたのは、ひとえに同じパートだったからだ。
フルートパートで直属の秋元先輩は、フルートの音の出し方も知らなかったわたしに、とても厳しかった。
最初から高度なことを要求し、わたしが出来ないとひどく怒る。
今から考えれば、あの状況のどこに好きになる要因があったのか、甚だ疑問だ。
でも、好き。
スコアを見る真剣な目も、フルートを巧みに操る長い指も。
時々意地悪そうに歪められる唇も。
先輩をかたどる全てが、大好き。
「おい、しま」
不機嫌そうに響いた声。
待ち人来たり。心臓がさらにスパークする。
「秋、元……先輩」
「こんなトコに呼び出して……、何だ? お礼参りか?」
冷たい言い方、理知的に光る眼鏡。
いつもと変わらないそれに、少しだけ安心する。
大丈夫。わたしならできるはず。
「あのっ、先輩」
「ん?」
「あのっ、これ受け取ってください!!」
目はうるうるするし、心臓はバクバクと音を立てる。
出来るものなら、何だかもう、気を失ってしまいたい。
「……あー。今日ってバレンタイン?」
「え、あ、はい。そうですけど?」
「朝から妙にチョコばっかくれんなーって思ってたけど、あーバレンタインだからか」
秋元先輩の言葉に、一瞬、緊張が解ける。
チョコを何個ももらっていて、それでいてバレンタインに気づかない人がいるなんて。
しっかりしているようで、どこか抜けている先輩。
何だか緊張していた自分が馬鹿みたいで、笑えてくる。
「なぁ。これ、本命か?」
「へ……?」
「本命か、義理かって聞いてんだよ」
突然聞かれたそれに、反応できない。
その言葉が脳に浸透して意味が理解できた今、多分わたしの顔は真っ赤だ。
「そ、それは……」
本命か義理かなんて、本命に決まってる。
けれど、それが言えなくて、しどろもどろになる。
恥ずかしくて、でも言いたくて、視線が彷徨う。
「まぁ、本命しか認めてやんねーけどな」
「あ……」
つかつかと近づいてきた先輩は、予告なく思いっきりわたしの腕を引いた。
その勢いに負けて、しっかりと先輩の胸に抱きこまれる。
顔は見えなくなったけど、その体温がわたしの心臓を落ち着かなくさせた。
「ほら、言え」
「あ、きもと……先輩?」
「俺のこと、好きだろ?」
俺様で傲慢で、少しだけ意地悪な先輩。
面白そうに呟かれた言葉に後押しされて、わたしは首を縦に振る。
「……はい」
「しま、可愛い」
クスリと耳元で響いた声に、わたしはまた気を失いたくなった。
2009.02.14