誘惑カムフラージュ 第一話




可愛いね、そう褒められることが当然だった。
会う人はみな私をそう賛美し、男でも女でも私に群がった。
最初は楽しかったそれも、むなしくなったのはいつだろう。
もしかしたら、無残に玉砕した幼いあの日だったのかもしれない。


**


「バイト?」
「そう。ほら、二月になったら私たち推薦組は暇になるじゃない? だから、やってみない?」

にこにこと笑いながら珠希が提案したそれに、私は眉を上げる。
受験前で非常にピリピリとした教室の中、珠希の発言に振り返った数人は、みな同様に嫌そうな顔をした。
それに視線だけで謝り、私は珠希に小声で質問をする。

「でも、珠希はやらないんでしょ?」
「うーん、私はちょっとね。去年やってるし、おばさんもいるし」

私の質問に痛いところをつかれたのか、珠希はしどろもどろに言い訳する。
珠希もおばさんのところでバイトをするのが嫌なのだろう。
きっと去年何かあったに違いない。

「お願い! 急に欠員が出ちゃって大変なの。みどりちゃんにしか頼めないの」
「うーん……」
「珠希のお願い聞いてくれるでしょ、ね?」

首を傾げて可愛い仕草をする珠希。
そうやって頼られると降参するしかないのを知っていてずるい。
でも、困ったときはお互い様。仕方ない。

私は苦笑しながら口を開いた。

「もう、しかたないなぁ」
「ありがとう、みどりちゃん。大好き」
「あーはいはい。私も大好きよ」

さっきまでの顔とはうってかわって満面の笑みを見せ抱きついてくる珠希に、私も棒読みで返す。

ワガママな珠希。
これからのことを考えたら、あんまり甘やかさない方がいいんだろうけど今日だけは特別。
そう言っていつも甘やかしている気がするけど、きっと気のせいだ。

「二人して何やってんのさ」
「おかえり、梗子」
「今ね、みどりちゃんにバレンタインのバイトをお願いしてたの」

さらさらの髪を翻して、梗子が帰ってくる。
その手には自習のプリントが三部あって、それを礼を言って受け取る。
珠希にも手渡し早速とりかかろうとペンケースの中からシャーペンを掴んだ。

「みどりだけだもんな、彼氏いないの」
「梗子……それは言わない約束よ」
「みどりちゃんも彼氏作ればいいのに」

梗子の手厳しい指摘に、勉強する意欲すらぺしゃんこになる。
それに追い討ちをかける珠希に打ちのめされそうな気分だ。

梗子も珠希も彼氏がいる。
珠希は幼馴染と、梗子は家庭教師の彼とラブラブ。

そのせいもあって、あらゆるイベント事はいつも私ひとり。
仕方ないこととはいえ少しさびしい。

けれど、彼氏は作りたくなかったし、恋愛はこりごり。
それにこの話題にはなるべくなら触れられたくない。
早々に切り上げてしまうに限る。

「うーん、だってほら、私につりあう男なんていないし?」
「……この間、東工の長身のイケメン振ってなかったか?」
「それに、珠希が目をつけてた西商の1年生も玉砕してたよね」

おどけた私に、梗子と珠希の冷静なつっこみが入る。
良くご存知でと思うほど、二人は私のモテ具合を知っている。

両親のDNAがいいのか容姿は整っているのだが、これのせいで私にはあまり友人がいない。
私のことをよく知らない下級生は純粋に私のことを好いてくれる。
けれど、同級生や今は卒業してしまった先輩には私をよく思っていない人物も多い。

それもこれも、2年の秋に私のせいで彼氏に振られてしまったと言う先輩が因縁をつけてきてからだ。
廊下で大声で罵られ、それに対応した私の態度が冷たいと泣かれ、他の先輩からも白い目で見られた。
それを見て、自分の彼氏を取られてはたまらないと友人も離れていった。

梗子と珠希は、そのとき私の元に残ってくれた数少ない友だった。
中学時代からの仲である二人は、私がそんなことをするわけないとかばってくれた。
思わず涙のでるエピソードだが、後日談がある。

離れていった友人達に珠希が『みどりちゃんは格好いい人が好きなのよ。あんたの彼氏なんて好きになるわけないじゃない』と言い放ったのだ。
あれには私ですら思わず珠希を怒鳴りたくなった。
聞いてた梗子は呆れたのか言葉もでなかったようで、私の涙も引っ込んだ。

珠希の失態以来、私は彼氏や友人を作るのでさえ、用心するようになった。
告白されないように注意し、されたらされたで期待を持たせないように断る。

美人なのも楽じゃないねと梗子には苦笑されたけど、持って生まれたものである。
仕方がないと諦めて、なるべく男の人と関わらないように過ごしている。
進学先も近所の女子大に決めた。
これで共学よりは男の人と接点を持たずに過ごせるはずだった。

笑って誤魔化そうとする私に、珠希が唇を尖らせ拗ねた。

「みどりちゃんがいらないなら、珠希が欲しかったなー」
「あんた、修くんが聞いたら泣くよ」
「いいのよ、修ちゃんなんて。他の女の子にもいい顔して!」
「また喧嘩したの、珠希?」
「だって、修ちゃんがいけないのよーー! あーもうイライラするっ」

シャーペンの針をバキバキと折りながら鬱憤を晴らす珠希を見て、梗子はひとつため息をつく。
そして私に向き直り、梗子は神妙な表情を見せる。
梗子がこういう顔をするときは要注意だ。
何か私の心にクリーンヒットすることを意図的に言ってくる。

「でも、みどりもさ、高校生活もあと少しなんだから彼氏作ったら?」
「うーん……考えとく」
「松岡だけが男じゃないんだよ」
「……そうだね」

思ったとおりのクリーンヒット。
適当な返事を返して口をつぐむ。
それでもまだ何か言いたそうな梗子を無視して、私は教科書を開いた。






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2012.02.12