貴陽・御史台


<秀麗>
「あんた、また来たの……。 休憩中に他にいくところがないのかしら?」
<清雅>
「オレは忙しいって何度も言ってるだろう。お前はつい最近の話も覚えていられないのか」

その言い草にはムカッと来た。
いつもいつもムカつく男だとは思っていたけど、今日も相変わらずムカつく男だ。

<秀麗>
「覚えているわよ。もちろん、覚えているわ。清雅サマはとても忙しくて私にはかまっていられないはずよね。
なら今、私の目の前にいるのは誰なのかしら? 忙しすぎる清雅サマがこんな所に居るはずないわよね。 あなた、どちら様かしら?」
<清雅>
「無駄によく回る口だ。その口の回りを仕事にも生かしてみたらどうだ?  そうすれば、お前には無理かもしれないが、オレと並ぶことが出来るかもしれないぜ」
<秀麗>
「……」

目覚めは爽快な朝だったのに、どうしてこうこの男は爽快とは程遠い気分にさせるのか。
第一、蛾は夜行性ではないのか。

<秀麗>
「……あんたと居ると疲れる」
<清雅>
「そりゃあ、どうも。褒め言葉だろ?」
<秀麗>
「……もう、いいわ。さっさと用件を言って、さっさと出ていってちょうだい」

朝から清雅の凶悪嬉しそうな顔を見ていると、何だか人生悲観したくなってくる。
何がどうしてこんなことになったのかしら……?

<清雅>
「皇毅様の所へ行け。昼休みが終わったらすぐにだ」
<秀麗>
「……分かったわ。さあ、早く出て行って」
<清雅>
「嫌だって言ったら?」
<秀麗>
「力ずくで追い出すわ」
<清雅>
「力じゃ敵わないって知っていてもか?」
<秀麗>
「やってみなくちゃ分からないわ。もしかしたら、今日は追い出せるかもしれないし」
<清雅>
「無理だな。今のお前じゃオレを追い出すことも出来ない。諦めろ」
<秀麗>
「それこそ嫌よ。諦めるなんて私らしくもない」
<清雅>
「確かにその通りだ。でも、今は諦めてさっさと出した方がいいじゃないのか。休憩もう終わるぞ」
<秀麗>
「〜〜っ。本当に癪に障るっ! はい、これでいいんでしょっ」

やけっぱちで清雅の望みどおりの物を突き出す。

<清雅>
「そうそう、素直に出しておけばいいんだよ」

そう言って、清雅は私の手からそれを奪った。
毎朝、苛々しながら作っている清雅用のお弁当を。

<秀麗>
「何がどうして私があんたの弁当まで作らなきゃいけないのかしら? どう考えても間違っていると思うのは私だけ?
私にはあんたの弁当まで作る義務も責務もありゃしないわよっ」
<清雅>
「お前がどうしてもほしい情報があるから手伝えなんて言うからいけないんだろ。何でもしますなんて言葉を安易に言うから こんなことになるんだ」
<秀麗>
「ううるさいわねっ。清雅に頼むなんて死ぬほど嫌だったけど、情報持ってるのあんたしか居なかったのよ。
だから、あんたに頼むしかなくて、ってそれも陰謀でしょう? だって、清雅しか持っていないなんてありえないわ。 あんた、仕組んだでしょっ?」
<清雅>
「気付かないでオレに頼み込んだお前が悪いだろ? 簡単に人を信じるなって何度言ったら分かるんだ」
<秀麗>
「〜〜〜〜ああんたなんて、信じちゃいないわよ。弁当持っていっていいから、さっさと出て行ってちょうだいっ!」
<清雅>
「はいはい。分かりました。昼休み終わったら、ちゃんと来いよ」
<秀麗>
「あんたに言われなくたって――って言いたいことだけ言って逃げるんじゃないわよ」

前から冷たいとは思っていたけど、この頃は何故か妙につっかかってくる。
わざわざ私の部屋に来て、言いたい放題言って、私のストレスを倍増させてくれる。
なんの疫病神だ。

<蘇芳>
「お疲れ。また今日も盛大に罵り合ってたねー」
<秀麗>
「タンタン、ありがとう。また避難してたの?」
<蘇芳>
「当たり前。あんたとセーガの言い争いの真っ只中にいるなんてごめん」

私の前にお茶を置いて、タンタンは席に着く。
机案の上の重箱を空けてお昼にすることにした。

<蘇芳>
「それにしても、セーガも飽きないなー。いっそのこと扉に鍵つける?」
<秀麗>
「そうね〜、それもいいかもしれないけど。そんなことしたら、意地でも入ってくるわ」
<蘇芳>
「あーー、そうかも。弁当目当てに見えて、実はあんたのこと苛めに来てるみたいだし」
<秀麗>
「……そんな冗談にもならないようなこと、言わないでよ」

タンタンの不吉な言葉に思わず箸を落とす。
立ち上がって、箸を洗いに隣の室へ行く。

<蘇芳>
「この頃さー、あんた布団叩かなくなったよな」
<秀麗>
「そういえば、そうね。どうしてかしら?」

御史台配属当時は、それはもうかなりの八つ当たりをさせてもらったものだ。
清雅の嫌がらせは日に日にひどくなっていくのに、どうして八つ当たりもせずに居られるのだろう?

<秀麗>
「……慣れたのかしら?」
<蘇芳>
「イヤな慣れだなー」
<秀麗>
「違いないわ」

タンタンが入れた心底嫌そうなツッコミに、クスクスと笑いを零さずに入られなかった。



※このサンプルは完成版では、かなり変更する可能性があります。