日陰の白百合 2




私は、在籍している大学を二年間留年していた。
その原因の一端を担っているのは、私の好きな人。
名前は百合亜。
長い長い黒髪と、不自然なほど白い肌をもった私の大好きな人だった。

その大好きな人は、いま目の前でソファにだらしなく寝そべりながら、バラエティ番組を見ている。
そして私は、彼女の傍で今日の洗濯物を畳んでいた。

乾燥機から出したばかりのそれらはふわふわと温かい。
その山からバスタオルを取り出し、二回二つ折りにしてから、三つ折りに畳む。
もう一枚バスタオルを見つけ、また同じように畳んで、さっきのタオルの上に置く。

次にジーンズを二つ折りにして、足を揃えた。
ぴしりと端がそろったそれに満足して次を手に取る。

黙々とその作業に没頭していると、どこからかぽつりと言葉が聞こえた。
それに顔を上げる。
百合亜がテレビのディスプレイを見ながら、独り言を言っていた。

「どうして、私の親は私にこんな名前をつけたのかしら?」

どうやら今やっているドラマで、幼稚園児が親に名前の由来を聞きにいく場面に感化されたようだ。
そのシーンでは、名前の由来を聞きに行ったせいで、幼稚園児は自分が親の実子でないことを知ってしまう。
最近のドラマは案外シュールだなんて、どうでもいいことを思った。

「私、笑実みたいなどこにでもいる普通の名前が良かったわ」

ぽつりと百合亜が呟いた言葉に、私は反発したかった。
百合亜なんて素敵な名前がもらえるなら、私だって百合亜になりたかった。
私の方こそ、彼女の名前を羨んでいたのだ。

「百合亜なんて、まるで遊んでいる女みたいじゃない」

はぁと彼女にしては重苦しいため息をつき、百合亜はテレビから視線をはずす。
そして、いそいそとこちらに近づき、洗濯物の山から自分の下着を取った。
サテンに細やかなレース、フロントを彩るリボンの可愛いその薄紫の下着は、百合亜によく似合った。

「あ……ふふ、よく考えたら、私遊んでたわ」

クスクスと自嘲するように笑う百合亜に、私は話しかけることをしなかった。
私の意見が聞きたいときは、彼女は必ず私の目を見て話すことを、この一年間で知っていたからだ。

二人、一心に洗濯物を畳む。
カーキー色のシャツを脇に避ける。
これはアイロンをかけるから後回しだ。

面倒くさくて一気に洗った三日分のそれは、中々畳み終わらない。
山から出てきた私の下着は、彼女の妖しげな下着と違って、コットンでレースなんて一つもついていない。
それがひどく幼いことのように思えて、私はそれを手早く畳んだ。

「笑実」

突然名前を呼ばれて、私は顔を上げる。
こちらを見ていた百合亜としっかりと目が合う。

「ねぇ、好きでもない男ととっかえひっかえヤる私を汚いと思う?」
「……思わない」

風呂上りのダッフルローブの隙間から見える肌には、たくさんの鬱血の痕。
昨日の夜も相当遅くまで、誰かの所にいたに違いない。

そして今日も、私が眠りに就いたころに、またこの家を出て行くのだろう。
誰か自分を愛してくれる人を求めて、百合亜は彷徨い続けている。
それが、ひどく悔しかった。

「百合亜」
「なぁに? そんな怖い顔して」
「どこにも行かないで」

私の言葉に、百合亜はきょとんと首を傾げた。
その邪気のない、何も考えていないような百合亜の様子が、私を追い詰めてゆく。
言えなかった言葉を、今伝えるべきだと思った。

「私が愛してあげる。いくらだって抱いてあげるから、他の男のところになんて行かないで……」
「笑実……?」
「好きなの。百合亜が好き。大好き……」

初めて口にした好意は、拒まれてしまうだろうか。
気持ち悪いと、近寄らないでと、百合亜の口から聞かされたら、私は壊れてしまうだろう。

涙ぐんでしゃくりあげながら、馬鹿みたいに好きと繰り返す。
そんな私の頭に百合亜の手が触れる。
その温かさに、私はどうしようもなく安心した。

「あのね、笑実」
「うん」
「私、愛してるって言葉、好きだって好意、全部信じられないのよ」

百合亜のその言葉に、私は瞬きをした。
その拍子にまた零れた涙を、百合亜の綺麗な指が拭う。

「だから、身体を求めるの」

シャツの裾から入り込んだ手の冷たさに、私は身を引く。
それを見越してか腰に回された腕に動きを止められた。
私の胸の膨らみを、百合亜は少し乱暴な様子で掴んだ。
そこから走った不思議な感覚に、私は眉をしかめる。

「でも、駄目なの。満たされないの。いくら抱いてもらって、慰めてもらっても隙間が埋まらない」

後ろに回された手がシャツを捲くって、私の下着のホックをはずした。
重力にしたがって位置を変える胸を、百合亜の手が包み込む。
その感触に、私は唇を噛んだ。

「どうしてかしらね?」
「百合亜……」

そう言って、百合亜は私の唇にキスを落とした。
その目がどうしようもなく私を誘惑して、私はそれに抗わず、自分から頬を寄せた。

今思えば、このとき身体の関係に走ったのはまずかったのだろう。
その前にたくさん愛してるって言えばよかった。
飽きるぐらいに伝えて、彼女が降参するまでずっと言い続ければよかったのだ。
そうしたら、彼女が死ぬこともなかったかもしれないのに。






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2009.01.26