誘惑カムフラージュ 第四話




月曜日の朝は憂鬱。
そう言うけれど、私にはあまり関係ない。

今は自由登校期間だ。
進路の決まっている三年生は学校に来なくてもよくなっている。
けれど、家に居るのが落ち着かなくて来てしまった。
バイトは今日が最終日で、シフトは夕方から。
これで銀くんとの関わりも途切れてしまうかもしれない。
今日はバレンタインなのだ。

「みどりちゃん、どうして切っちゃったの?」
「珠希、ここ、図書室」
「あ……」

大声を出した珠希に呆れて指摘する。
自分がいる場所に思い至ったのか、珠希は周りをうかがいながらこちらに近づいてきた。
正面の席に鞄を置いて、内緒話をするように口元を手で隠す。

「ロングですごい可愛かったのに」

さっきよりはボリュームを落として言及する珠希に、軽くなった髪に触れながら私は笑った。
長かった髪をショートカットにした。
顎のラインよりちょっと短いぐらいの長さになって、首がスースーする。
少し寂しい気持ちはあったけれど、どこかさっぱりした気分だ。

「いい加減切ろうと思って」
「……銀と何かあったのか?」

連れ立ってきた梗子が、心配するように私の顔を覗き込む。
相変わらず察しがいい。
二人とも正面に腰を下ろし、私の話を聞こうと身を乗り出す。
肩をすくめて、私はため息をついた。

「逆。何もないの」
「そう、か。ごめん」
「ううん、いいよ」

きまりが悪そうな梗子に私は首を振った。

何をされたわけじゃない。本当に何もなかった。
ただ恥ずかしかっただけ。
何か行動したわけでもないのに嫉妬だけはする自分の浅ましさが嫌になっただけ。
たった一度振られてあきらめてしまった私が悪いのだ。

暗い雰囲気を払拭したくて、私は努めて明るい声を出す。

「修くんとは仲直りした?」
「……うん、したよ。夕方待ち合わせしてる」

私の質問に珠希は少し躊躇ってから答えた。
それにホッと息をつく。

珠希と修くんが仲直りできてよかった。
二人には末永くいっしょに居てほしい。
自分が出来なかったことを託すじゃないけど、私のようにはなって欲しくないのだ。

話題を変えようと、机の上に紙袋を置いた。
何だか分からないという顔をする二人に中から袋を出して渡す。

「友チョコ」
「こんなときにいいのに」

中身はトリュフだ。
ホントはもっと凝ったものを作ろうと思ってた。
でも先に作っていた本命用のケーキに想定より時間がかかって、トリュフぐらいしか作れなかったのだ。
高校生活最後のバレンタインなのに少し残念。

私がチョコを出したからか、友チョコ交換会が始まった。
珠希はチョコチップクッキー。梗子はチョコレートムースだ。
両方とも美味しそうだけど、ここは図書室。飲食禁止だ。

そもそも勉強するためにここで待ち合わせたのに、さっきから全然手についてない。
そのことに気づいて脇にやっていたノートと教科書を開く。
紙袋を隣のイスに戻して、シャーペンの芯を出す。
梗子が私を見てためらいながら言った。

「……松岡の分は?」
「ここ」

さっきの紙袋には、丁寧に包装されたチョコレートがひとつ。
もう一度玉砕して、それですっぱり諦める。
せめて受け取ってもらえればいいと思った。






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2014.02.14