【10.夜】
「君を守りたい。だから、僕は行くよ」
「……勝手よっ! そんなっ、守られたって嬉しくないっ!」
「ラーナ……」
暗く、月明かりの届かない森の入り口。
服の端を握って引き止めるあたしの頭を、残酷な手が往復する。
悔しくて、悲しくて、俯いたあたしに、彼はクスクスと笑う。
「もう決まっちゃったことだから、ね? 分かって?」
「……いや。全部捨てて、一緒に逃げてよ。まだ間に合――」
「僕はね、最後まで騎士として誇り高くいたいんだよ。君の騎士として……」
唇に指を当て続きを拒む声は、どうしようもなく固い。
あたしに相談なしで全てを決めた彼は、別れを悲しんでいるようには見えなかった。
悲しんでいるどころか、喜んでいるようなその振る舞いに、ひどく腹が立つ。
「あたしと離れて悲しくないのっ!」
「……悲しくないと思ってる?」
「あたしに比べれば全然よっ!!」
「……そう。なら、それでいいよ」
投げやりに放たれた言葉に、怒りが増幅する。
殴りつけようと握り締めた拳が、パシッと掴まれる。
その強い力に目を見張る。
「僕が望んで置いていくとでも?」
「……でも、だって、あんたは残ってくれないじゃない」
「うん、ごめんね」
敵を見るような鋭い眼光。
初めて向けられたそれは、あたしの心音を早めた。
思わず俯いて、呟いた言葉に謝罪が返る。
口先だけのそれなら、しない方がいくらもマシだと何度言えば分かるのか。
男の人は、彼はいつだって自分勝手。
あたしのことなんて考えずに、自分のしたいことをする。
たとえ、悪いと謝ったとしても、口先だけなのだ。
「あんたはそれでいいかもしれないけど、残されたあたしはどうするのよっ!」
「……」
「あたしはあんたと一緒にいたいのに。あたしはあんたがいればいいのに……」
叫びすぎて、喉がヒリヒリと痛い。
でも、その痛みは、今にも潤みそうな視界をどうにかクリアにする。
言いたいこと、伝えたいこと。したかったこと。
まだたくさんあったというのに。
愛情があるなら、あたしを好きだというのなら、生きていて欲しい。
身を挺して守ってもらっても、隣に彼がいなくちゃ駄目なのだ。
それなのに、私を守って死ぬと言う。そんなの嬉しくなんてない。
「勝手でごめんね……」
「どうして、どうしてよっ……」
引き裂かれるなら、知らないままでいたかった。
こんなぬくもりを中途半端に与えて、放り出さないで欲しかった。
何を言ったら、どうしたら、この頑固な人を止めることが出来るだろう。
溢れる涙。拭う指。
触らないでの言葉をあたしは言えなかった。
「あんたなんか嫌いっ! あたしを置いてくあんたなんてっ……」
「……うん、嫌っていいよ。覚えてなくていいから」
そう言って、見せた一瞬の淋しそうな微笑。
あたしはまた涙を流す。
「どうか幸せに……」
掠めるようにおちる口付け。触れるだけでひどく痛い。
身体中が悲鳴を上げて、別れを拒む。
もう時間がない。夜遅く、彼の部隊は遠い異国に旅立つのだ。
片道だけの食料を持って。
「カイ……」
自分より頭二つ分高い彼を引き寄せる。
素直に顔を近づけた彼に唇を重ねた。
深い深いつながり。最後のキス。
掠めるだけじゃ全然足りない。
忘れないように。忘れられないように。溶けるように交わる。
余裕を奪って、主導権を握って、終わったらすぐにでも手放せるように。
どうしても彼が行くというのなら。
どうしてもあたしのために死ぬというのなら。
深く刻み込んで、長く傷つけて。
それでいて、あたしを想っていればいい。
その死の瞬間まで。
(08.09.08)