【11.冷たい】 07.秘密より先に読むことを推奨

「待てよ」
「嫌」

走る。走る。走る。
追いかける彼女は、俺から逃げるようにどこまでも走る。
それを捕まえるべく、俺は少しだけ加速した。

「待てって言ってるだろ!」
「っ……!?」

前を走る彼女の手を、思い切り引っ張る。
その反動でつんのめった身体を支えた。
振り向いた顔はひどく歪んでいて、俺は動揺する。
涙が頬を伝い、地面に染み込んだ。

「お前……何で泣いて」
「……ねぇ、どうして?」

ポロポロと涙を零して、俺を見上げる。
それにまた動揺した俺は、彼女の手を離した。
ダラリと重力に従っておちた手で、彼女は目をこする。
涙の消えた瞳は、弱々しくも強い光を放った。

「どうして、私を好きだなんて言うの?」
「空……」
「どうして、そんな簡単に人を信じられるの?」
「……どうしてって」

俺のほうが聞きたい。
どうして、好きだという言葉を信じてくれないのか。
どうして、そうも頑なに人を信じようとしないのか。
その理由を。

「お前だって、どうして俺を信じない?」
「……裏切られたら痛いから」

呟く彼女は、白いブラウスの胸元をギュッと握る。
まるで今もそこが痛むように、少し眉を寄せて。
またポロポロと涙を零す。

「裏切られるって……心臓がきゅぅーってなるのよ」
「……空?」
「それが痛くてたまらないの。私、痛いのキライ。だから……」

人を信じないと彼女は言うのだろう。
痛みを感じたくないから。裏切られたくないから。
それなら、最初から他人を信じなければいいと、本当にそう思っているのだろう。
でもそれは、ひどく悲しいことだと思った。

思わず手を伸ばす。
頬を零れる涙を指で掬うと、彼女は俺を見上げた。
その揺れる瞳に、俺は優しく話しかける。

「そんなの悲しくないか?」
「え……」
「裏切られるのが怖いからって、人を信じないのって……辛くないか?」
「……うん」

人を信じられないのは、きっと辛いだろう。
誰を信じていいか分からないのは、かなり心細いに違いない。
本当は、多分彼女は、誰かを信じてみたいのだろう。
でも、裏切られるのが怖くて、二の足を踏んでいるだけなのだ。

震える彼女の手を掴む。
少しだけ冷たくなったそれを、俺の両手で包み込む。
俺のよりも一回り小さいてのひらは、ひどく華奢だった。

「……俺を信じろ」
「……」
「裏切らない……だから、信じろ」

俺のその言葉に、また彼女は泣く。
でもそれは、悲しみの涙ではなく、嬉しさに零れているようだった。

「あなた、バカよ……」
「……うん」
「私なんかと友達になりたいなんて……」
「……うん」
「私だって……誰かを信じてみたい。あなたと友達になりたいよ……」
「空……」
「信じたい。あなたを信じたいから……」

微かな力で握り返す手。それに俺も力を入れた。
俺を見上げる彼女の顔は、もう泣いてなんかいない。

「お願い。裏切らないで」
「……うん」
「ずっと……友達でいてね」
「……あぁ、約束する」

俺は微笑み、そう約束をする。
その返答に満足したのか、彼女はうるむ瞳でキレイに笑った。

<下に続く>

(08.09.30)






NEXT⇒
モドル お題TOP




【07.秘密】

「私ね、恋人できたんだ……」
「え……」

私の唐突なカミングアウトに、あなたは驚いたのか目を見開いた。
そんなあなたを一瞥して、私は前を向いた。
ゴトン、ゴトンと、けたたましい音を立てて電車が通る。
高速で目の前を横切る鉄の車体を、どこか呆けながら見ていた。

「おい、空?」
「だからね、私。あなたと友達やめようと思うの」
「……空?」

ようやく電車が遠ざかり、話が出来る環境になる。
名前が呼ばれたのを無視して、私は本題を切り出した。
突然の宣言に、あなたはあんぐりと口を開ける。

「友達をやめましょう。前みたいに他人になって……」
「どうして? 友達やめる必要なんて……」
「ダメなの。離れなくちゃ」

『これ以上好きになる前に』
そう囁いた言葉はあなたに聞こえただろうか。

好きになってはいけない人だった。
異性として好意を持つことを、自分の中で禁じていた人だった。

なのに私は、あなたに恋してしまった。
想いは止めようと思えば思うほど、止まらない。
むしろ、加速するように膨らむ。

だから、私はこの関係を切らなくては。
気持ちが掠れるまで距離を置いて、「好き」を忘れないといけない。

でないと、あなたの傍に『友達』としていられない。
このままだと私は、それ以上を求めてしまうから。

そうなる前に、離れなければいけない。
たとえ、約束を破ったとしても。

「裏切って、ごめんなさい……」
「……」
「約束、守れなくて……」

自分の謝る声がどこか遠くから聞こえる。
電車は通っていないはずなのに、何故か聞き取りづらかった。

踏み切りのバーが開く。
歩みださないあなたを放って、私は前に進んだ。
追いかけてこないことは、大体予想がつく。

ずっと友達でいたかった。裏切りたくなんてなかった。
誰よりも信じて、誰よりも裏切りたくなかったのに。

あぁ、やっぱり裏切られるのも、裏切るのも、心が痛い。
人を信じて裏切られるのは、どうしてこんなにも痛いんだろう。
きっと裏切った私より、裏切られたあなたの方が痛いはずだ。

でも、私は当人で、あなたの傷を癒すことは出来ない。
傷つけてごめんねと、謝ることさえ出来ないのだ。
その深さを、誰よりも知っているが故に。

「空っ!!」
「……?」

切羽詰った呼び声に、振り向く。
閉まる踏み切りの反対岸、ギリギリのラインにあなたは立っていた。
少しだけ泣き出しそうなひどく歪んだ顔で。

「それでも俺は、お前がっ――」

電車が横切る。言葉は轟音にさらわれた。
さっさとここから立ち去らなければと思うのに、体が動かない。
あなたを裏切った私には、許されないことかもしれないのに。
それでも、その言葉の続きを聞きたいと思った。

(08.09.30)






NEXT⇒
モドル お題TOP