【13.歌】
「おひさー、元気してた?」
小ぶりの旅行鞄を持って、片手をぶんぶんと振って近づいてくる小柄な女。
数年ぶりの再会のはずなのに、ブランクを感じさせない気軽さに肩の力が抜ける。
それもつかの間、目の前に立った綾に俺は息を呑んだ。
低い身長はヒールのせいか少しだけ高くなり、ガリガリだった身体は女らしくなった。
小さな頭につややかな唇。整えられた眉に、染められたミディアムの髪。
赤みが差した頬の上の瞳が、あの頃の綾からは想像出来ないほどに挑戦的に俺を見上げていた。
「おや、わたしに見とれてるぅー? ダメだぞーあげないよっ」
黙っていればいい女なのに、口を開けば最悪だ。
高かった声はハスキーになり、色気を伴ういい声だというのにもったいない。
「ほら、荷物」
「うん。ありがとー」
荷物を預かり、先を歩く。
その後ろからテクテクとついて来るところも、昔とは違う。
前は、数メートル先を歩いて、早くと俺を急かす女だった。
そんな綾に仕方ないなと呟き、少しだけ歩調を速める。
それが俺たちの関係だったはずだ。
そびえ立つビルの間を二人無言で歩く。
沈黙に耐えられなくなってきた頃に、後ろから歌が聞こえた。
歌手も歌詞も分からない英語の曲。
微かに聞き取れた「Loving you」が、通行人の足を止める。
何年経っても、何回聞いても、歌声だけは変わらない。
高く伸びやかに空に響いて、俺の心をさらりと攫う。
天使のような、女神のような歌はあの頃のまま。
ただひとつ変わらないもの。
(08.07.17)