【15.口付け】
「殺してやるっ……!」
「……」
地面に這いつくばって、無様にも生き延びたオレに、黒々とした拳銃が向けられる。
それの持ち主は、細い銀のフレームの眼鏡をかけ直して、オレを冷ややかに見下ろす。
その視線を真っ向から受け止め、動かない身体を引きずり、彼女の靴を掴む。
途端、汚いものを蹴飛ばすように手を踏まれた。
かかとでグリグリと思い切り体重をかけられ、オレは悲鳴をあげる。
「……クソッ……お前だけは――」
「……ねぇ、恨んで」
「えっ……?」
「恨んで、嫌って、憎しみであたしを殺しに来て」
思わず聞き返したオレの手に、さらに体重をかけ、彼女は何の感情もこもらない瞳で言う。
手の痛みに動けないでいるオレの胸倉を掴み、その細腕で持ち上げた。
宙に浮くつま先。歯を食いしばってる様子のない無表情な顔。
息が出来ずにむせるオレの唇に、柔らかいものが触れる。
傲慢なほど優しい唇は、予想と違い体温を持っていた。
首筋にあたる冷たい拳銃と、それの温度に現実感が霧散する。
離れては近づき、何度も角度を変えて、呼吸を奪われる。
視界が白みはじめた時、突然強い力で突き放された。
顔色一つ変えない彼女の手には、安全装置をはずした武器。
「……殺さないのか?」
「えぇ、殺さない。もったいないから」
「……もったいない」
「あたしは、あなたに殺されたい」
その言葉は、二発分の銃声と共に吐き出された。
両肩に走る形容しがたい激痛。
容赦なく神経を狙ったそれは、強烈な愛の告白。
いたく歪な愛情表現に見えた。
「それだけのために……」
「……うん、あなたに恨まれたかったから」
オレに恨ませ、殺させるために、彼女は3人の男を葬った。
重要な作戦にオレを配置し、装備に細工し、その結果、彼らは死んだ。
オレは唯一の生還者としてその責任を取らされ、彼女の思い通りの展開となった。
「……これで満足か」
「……」
「オレを殺せよ」
「……お願い。いつか殺しに来て」
両肩から大量の血を流すオレと、無傷のまま未だに拳銃を向けている彼女。
傷ついているのはオレの方なのに、彼女の方が何倍も痛そうな顔をしていた。
それに思わず近づこうとするが、それは叶わない。
彼女の背後の扉が開き、部下たちがワラワラと集まる。
傷ついたオレを手早く担架に乗せ、部屋を後にする。
そのとき、最後に見た彼女は、何かを耐えるように目を閉じていて。
拳銃が手をすり抜け、床に落ちた音だけが、やけに耳に残った。
(08.08.09)