【18.楽しい】

「なぁ、真美子。楽しいか?」

義務のようにこなす情事の後、ふいに隆はそう聞いた。
その言葉に、私はどう返すべきだったのだろう。
動揺のあまり黙り込む私の頬に、骨ばった手が触れる。
それにつながる隆の顔は、哀愁に満ちて、見ているこちらが切なくなった。

「何、言って……」
「俺といて、本当に楽しいか?」
「そんなの楽しいに決まってっ……!」
「なら、どうしてそんな顔をしてる?」

必死に否定した私の頬を撫でる。
慈しむように、愛おしいと伝えるように往復する愛撫。
そこにさっきまでの性急さはなく、ただ私への気持ちに溢れていた。
それだけに、私は悲しくなる。

キリキリと胸を捻り上げるような痛み。
鈍痛だったそれは、次第に勢いを増す。
身体の中心から広がり、全身に回る。
今はもう、身体中が痛みに染まっていた。

「いつも、泣きそうな顔してる」
「……」
「気づいてなかっただろ?」

頬に落ちる口付け。かたく閉じた目から雫が伝わる。
その軌跡を辿って舌が這う。手に取るように隆の表情が分かった。

泣いてるみたいに眉を寄せて、それでも微笑んで。
一見、何でもないように見える。
けれど、その瞳に浮かんだ、胸が張り裂けそうな哀切は隠せない。

目を開けて、視線を交わす。
描いた通りの顔をしていた隆の頬に私も手を添える。
最後の砦とばかりに泣きもしない隆の代わりに、私は泣いた。

次から次へと溢れ出るそれをそのままに顔を寄せた。
近づくだけで悲鳴をあげる胸。遠ざかるほど千切れそうになる心。
伏せた目蓋にかかるその吐息に、悲しみが溶けているみたいだった。

「ごめんなさい……」
「うん……」
「ごめんっ、ごめんねっ……」

優しく追い詰めるように涙を拭う指に、謝罪を繰り返す。
何度謝っても許されない。何度謝っても放してもらえない。
その事実にどこか安堵して、私は唇を奪った。

(08.08.30)






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