【19.噂話】

「はい、あんたの分」
「あ、ありがと」
「いいえー」

シャリシャリと軽快な音を立て、リンゴが剥かれていく。
自分の手元に渡されたそれは、ウサギの形をしていた。
慣れているのか、彼女は果物ナイフを華麗に操り、あっという間に剥き終える。
自分の分を小皿に盛って、彼女は俺の隣に座る。

「食べないの?」
「……食べるけど」
「けど? なにかあった?」
「ウサギの形じゃ食べにくい」

皮の部分を少し残したウサギのようなそれは、可愛らしくて食べるのがもったいない。
そうぼやいた俺に、彼女は苦笑する。
馬鹿にしたような笑みにムッとし、手元のリンゴを食べる。

程よい酸味と甘み。独特の舌触りを楽しみ、嚥下する。
そんな俺を横目で見て、彼女は自分のを一口含む。
俺は何気なさを装って本題に入った。

「なぁ……あいつ、結婚したって」
「……いつ?」
「6月の半ば、同じ職場の奴」
「ふーん」

興味がなさそうに呟く彼女は、二個目のリンゴを手に取った。
そして、口にくわえる。
シャリっとリンゴが真っ二つに割れる。
咀嚼して飲み込み、彼女は俺を見た。

「幸せそう?」
「……まぁ、それなりに」
「なら、よかった」

何の邪気もなく微笑む彼女に毒気を抜かれる。
突然聞かされた元彼の結婚に、彼女は動揺すらしない。
その図太さに驚嘆する。

それと同時に安心した俺がいた。
もう、彼女があいつのことを吹っ切っていると思うと嬉しい。
その心に住んでいるのは俺だけであって欲しいから。
彼女の反応に良かったと思った。

「俺らも結婚しね?」
「……ヤダ」
「なんで?」

俺の唐突なプロポーズに、少しだけ思案顔になる彼女。
その後、すぐに断られたそれに、俺は疑問を持った。
呆れたようにため息をつく彼女の答えを待つ。

「だってあんた、まだ結婚できないでしょ?」
「……そうだけどさー」

でも、あと数ヶ月も経てば、俺も立派に結婚できる年だ。
未成年とはいえ、親から許可さえとれば問題ない。
そして俺は、それをもぎ取れる自信があった。

リンゴを取ろうとした彼女の手を掴む。
左手の薬指、まだ誰のものでもないそれを撫でる。

「じゃあさ、この指予約しといていい?」
「……大人になったらね」

されるがままになりながらも、やんわりと彼女は断る。
いつまでも俺を子供扱いする彼女に、待ってろよと心の中で呟いた。

(08.09.22)






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