【40.指】
「それ取って」
「あっ、はい……これ」
「ん、ありがと」
カシャカシャと軽快にボウルの生クリームを泡立てる先輩。
それは惚れ惚れするほど手際よく、一切の無駄が省かれていた。
液状だった生クリームが、先輩の手に掛かるとすぐに固形化する。
わたしが電動泡立て器を使うより断然早い。
それが悔しくてたまらない。
わたしも上達して、早くクリームを作れるようになりたい。
今みたいに簡単な雑用じゃなくて、いつか一人でケーキを任せられるようなパティシエに。
そうなったら、先輩と仕事がしたい。
「砂糖」
「あ、はい」
渡した砂糖を少し多めに入れて、また泡立てる。
その腕のどこにそんな俊敏さがあるのか疑うほどに先輩の腕は細い。
けれど、その腕で先輩はあっという間にクリームを作り上げた。
泡だて器を持つその手でクリームを一掬いし、味見をする。
赤い舌が指をなめるその動作は、何度見ても目を奪われる。
クリームを味見しているだけなのに、それはひどくわたしを誘う。
心臓が一度だけ大きく跳ねる。その音はわたしの呼吸を根こそぎ奪った。
「よし、次やるぞ。ちゃんと見てろよ」
「……はい」
話しかけられて、やっと戻ってくる空気を多く吸う。
ドクドクと耳元で血液の流れる音が聞こえた。
恋じゃない。でも、恋をしたときに似てる。
そんな先輩との日々。
(08.07.15)